"龍神窟に眠る約束" 第2話
はバケツをひっくり返したようにり注ぎ、全体をく煙らせた。気象庁の記録にも残らないほど局な嵐だった。
美咲は窓に額をつけ、を見つめていた。
「お母さんが……まだ帰ってきてない」
祖母がろから抱きしめようとしたが、美咲はかなかった。のの貝殻を握りしめ、涙を流しながら、ただだけを見ていた。
嵐は夜になっても止まなかった。
はの壁を揺らし、は根を叩き続けた。暗ので、たちは誰もにしなかったを抱えていた。
あの5は帰ってこないのではないか。
翌朝、は嘘のように静かになっていた。
けれど、幸子たちのは戻らなかった。
の漁師たちは総でをした。保庁にも連絡が入り、2にわたる捜索が続いた。潮の流れを読み、岩を確認し、洞窟のくまでを寄せた。
しかし見つかったのは、龍神窟付の岩礁に引っかかった浮き樽の破片だけだった。
鋭い岩に裂かれたように破れていた。
その部には、幸子が使っていた印が残っていた。
「菊池幸子さんのものに違いありません」
捜索隊の声が、無線の雑音に混じって港に届いた、たちは斉に黙り込んだ。
美咲は祖母の腕ので、その言葉を聞いた。
何をしているのか、すぐには分からなかった。ただ、たちの顔が青ざめ、誰も自分の目を見ようとしないことだけは分かった。
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警察は、急激な候悪化による難事故として処理した。
遺体は見つからなかった。
も見つからなかった。
5は、に呑まれたのだとされた。
の公民館では、遺体のない葬儀がわれた。
黒い喪の々が並び、線の煙が暗い内に漂っていた。5つの遺が祭壇に並び、その央に幸子の写真があった。
美咲は、母の写真を見つめながら座っていた。
さなには、母との約束の貝殻が固く握られていた。
「お母さん、帰ってくるって言ったのに」
誰にも聞こえないほどさな声で、美咲は呟いた。
そのから、美咲のでは止まった。
けれどは違った。
季節は巡り、漁は続き、龍神窟の話は次第に誰もにしなくなっていった。
まるで5の女など最初からいなかったかのように、は沈黙を選んだ。
2015、。
20の歳が流れた志摩半島の港には、あのと同じ潮の匂いが漂っていた。
いワゴンが港にまり、1の女性がりった。
菊池美咲。
30歳になった美咲は、ドキュメンタリーのディレクターになっていた。い髪をろで束ね、黒いジャケットを着たその表には、故郷へ戻った懐かしさよりも、固い覚悟が浮かんでいた。
「ディレクター、材は全部ろしました」
カメラマンの声に、美咲は頷いた。
ポケットのには、20から持ち続けている貝殻が入っていた。
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母と半分ずつ分けた、約束の証だった。
美咲は無識にそれを指でなぞりながら、港の向こうに広がるを見つめた。
龍神窟は、くの岩の先にあった。
あの所が母を奪った。
そう信じてきた。
けれど同に、美咲のにはずっと消えない疑問があった。
本当に、ただの事故だったのか。
の公民館は、20とほとんど変わっていなかった。古いの匂い、あせた掲示板、埃をかぶった折り畳み子。そこに撮材を設置し、の老たちへの聞き取りが始まった。
「皆さん、こんにちは。ドキュメンタリーを制作している菊池美咲と申します」
美咲は丁寧にをげた。
「20に起きた女5の失踪について、お話を伺いたくて参りました」
その瞬、公民館の空気が凍った。
老たちは互いに顔を見わせ、線を逸らした。誰も最初の言葉を発しようとしなかった。
やがて1の老が、無理に笑ってを振った。
「そりゃあ、昔のことじゃ。記憶もおぼろげでな」
別の老も、すぐに言葉をねた。
「嵐がひどかった。それくらいしか覚えとらん」
「今さら昔のことをほじくり返してどうするんじゃ」
片隅に座っていた男が、ったようにちがった。
「んだがき返るわけでもあるまいし」
その言を図にしたように、老たちは1、また1と席をち、公民館をていった。
残されたのは、美咲と撮スタッフ、そしてたい沈黙だけだった。