"千船の祝い膳" 第5話
私は続けました。
「私がいると、写真に残って困るのでしょう。なら、無理に映ることはありません」
真司が歩づきました。
「母さん、違うんだ」
私は息子を見ました。
「違うなら、あの、扉をけてほしかった」
真司は何も言えませんでした。
私はくをげました。孫に、榊原さんに、そして祝い膳に。それから宴会をました。
廊にると、ホテルの空調の音がさく聞こえました。さっきまでくたかった廊が、しだけ違って見えました。
榊原さんが布巾を返してくれました。
「先、また厨にお越しください。若い者に、先のお話を聞かせていただきたい」
私は布巾を受け取りました。
「私に話せることが、まだあるかしら」
「あります」
榊原さんは迷わず言いました。
「先の料理は、まだここに残っています」
私は返事をしませんでした。ただ、布巾を胸に抱きました。
京都へ戻るので、私は窓のを見ていました。ビルのかりが流れていきます。
膝のの袋は軽くなっていました。祝い箸は置いてきました。けれど、千の布巾は戻ってきました。
私はそっと布巾を取りしました。
古い布。くなった刺繍。ほつれた端。
それは、私が隠していた過でした。でも今はし違っていました。
それは、私が私であった証でした。
に帰ると、部は朝のままでした。
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脱いだ羽織を子にかけ、私は台所にちました。夕飯を作ろうとして、やめました。その夜は、何もべる気になりませんでした。
仏壇のに座り、夫の写真を見ました。
「あなた、今ね……」
そこまで言って、声が詰まりました。
しだけ泣きました。声ではありません。台所の計の針の音に紛れるような、さな泣き方でした。
翌、真司から何度も話がありました。
ませんでした。
夕方、メッセージが届きました。
「母さん、昨は本当に悪かった。絵里奈も反省してる。らなかったんだ。母さんがそんなにすごいだって」
私はその最の1文を、何度も読みました。
そんなにすごいだって。
もし私がすごいでなかったら、あの扉のにたされてもよかったのでしょうか。
もし榊原さんが私をらなかったら、古い着物の祖母は、写真に残ってはいけないだったのでしょうか。
私はゆっくり返信しました。
「すごいだからではなく、族だから切にしてほしかったです」
それだけ送りました。
しばらくして、絵里奈さんからもメッセージが届きました。
「お義母さん、本当にすみませんでした。産からずっと神経質になっていて、見た目ばかり気にしていました。お義母さんを傷つけるつもりはありませんでした」
私は読みました。
すぐには返しませんでした。
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傷つけるつもりはなかった。
はよくそう言います。でも傷は、つける側のつもりだけで決まるものではありません。
数、真司から孫の写真が送られてきました。
おい初めの膳ので、赤ちゃんがさな拳を握っていました。私の置いた祝い箸も、写真の端に写っていました。
私はその写真を保しました。
そしてく返しました。
「元気そうでしました」
それ以はきませんでした。
それから私は、真司夫婦とし距を置くようになりました。孫の写真は見ます。誕にはさな贈り物を送ります。季節の絵本や、の匙や、柔らかい布のおもちゃ。
でも、無理に会いにこうとはしません。
族写真に呼ばれたいともわなくなりました。
寂しくないといえば嘘になります。けれど、無理に入れてもらう席には、もう座りたくありませんでした。
しばらくして、榊原さんからが届きました。
ホテルの若い料理たちに、祝い膳について度話してほしいという内容でした。
私は何も迷いました。
もう現をれてい。若いに話すことなどあるのだろうか。古いと言われるだけではないのか。
そんな考えが、まだ残っていました。
でも机のに置いた千の布巾を見ると、議と背筋が伸びました。
私は返事をきました。
「1度だけなら」
その、私は久しぶりに厨の入にちました。
若い料理たちが並んでいました。真しい、鋭い包丁、緊張した顔。