"千船の祝い膳" 第2話
「お義母さん、これからよろしくお願いします」
そう言ってをげた彼女に、私は笑って答えました。
「こちらこそ、真司をよろしくお願いします」
そのは、本当にうまくやっていけるとっていました。
けれど結婚してしばらくすると、しずつ距ができました。
私が季節の野菜を送ると、返事はくなりました。正に昆布巻きを作って持っていくと、絵里奈さんは笑顔のまま言いました。
「ありがとうございます。でも今は、こういう濃い、あまりべなくて」
濃いにはしていませんでした。むしろ若いにもべやすいように、かなりく仕げたつもりでした。
でも私は何も言いませんでした。
絵里奈さんの母、美佐子さんとも何度か会いました。64歳の美佐子さんは、いつも品なを着て、話し方もはっきりしていました。級ホテルや名に詳しく、何かにつけて「格式」や「見栄え」という言葉を使うでした。
ある、真司夫婦ので事をしたのことです。
私は絵里奈さんが産でもべやすいように、魚のほぐしと姜の餡をしだけ持っていきました。汁は昆布と鯛の骨で取り、胃にくならないようにしました。
器をけた瞬、美佐子さんが眉をげました。
「こういうの、昔の旅館みたいですね」
絵里奈さんもさく笑いました。
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「お義母さんのお料理って、なんとなく昭なんですよね」
真司はテーブルの向こうで、のグラスを持ったまま黙っていました。
私は笑いました。
「そうね。古いだから」
そのはそれで終わりました。でもに帰ってから、私は台所でしばらくっていました。
鍋を洗いながら、指先に残った姜の匂いをかぎました。
昔なら、このりから次の献を考えていたはずです。けれどそのは、その匂いまで古臭いと言われたような気がしました。
それでも、孫がまれると聞いた、私はから嬉しかったのです。
真司から話があったのは、の夕方でした。
「母さん、絵里奈が妊娠した」
私はちょうど夕飯の根を切っていました。包丁を置き、しばらく言葉がませんでした。
「そう。よかったわね」
それだけ言うのが精杯でした。
話を切った、私は仏壇のに座りました。夫の写真は、し若いままです。
「あなた、孫ができますよ」
そう言うと、議と涙がました。
そのから、私はさな祝い箸を探し始めました。価なものではありません。ただ、に持ったにたくなく、赤ちゃんのそばに置いてもすぎないもの。の真っすぐな箸を選びました。
それから、古い棚の奥にしまっていた布巾をしました。
かった布はし黄ばんでいました。
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何度も洗い、何度ものそばで使ったせいで、端は柔らかくなっています。隅にはさく「千」と刺繍されています。
昔、私が切な祝い膳を作る、必ず使っていた布巾です。器を拭くためだけではありません。気持ちをえるためのものでした。
この布巾を見ると、背筋が自然と伸びました。
けれど最は、あまりさなくなっていました。料理としての私は、もう終わったのだとっていたからです。
絵里奈さんの産、私は何度か伝いを申しました。
「べやすいものを作って持っていきましょうか」「赤ちゃんのもの、洗濯くらいなら伝えますよ」
返事はいつも、やんわりした断りでした。
「母が来てくれていますので」「今は活リズムを崩したくなくて」「お気持ちだけで丈夫です」
それならそれでいいといました。私は母親で、姑です。しゃばらない方がいい。そうっていました。
でもある、真司夫婦のにった、廊の向こうから声が聞こえました。
「お義母さん、100祝いにも来る気かな?」
絵里奈さんの声でした。
美佐子さんが答えました。
「呼ばないわけにはいかないでしょう。でも、あの着物はやめてほしいわね。ホテルの写真に残るのよ」
絵里奈さんが笑いました。
「わかる。全体が古く見えちゃうんだよね」
私は玄関で袋を持ったまま、しばらくけませんでした。
おい初めのがづくと、絵里奈さんから招待の連絡が来ました。
所は阪の級ホテルでした。