"地下室に消えた母" 第5話
「健……私の健……」
健は息を呑んだ。
「どうして、僕の名をってるの」
女性は震えるを伸ばした。
「お母さんよ。健のお母さんよ」
その女性は、10に姿を消した美紀だった。
健はずさった。
「僕にはお母さんはいません。父さんとおばあちゃんだけです」
その言葉を聞いた瞬、美紀の顔が歪んだ。涙が頬を伝い、痩せた肩が震えた。
「そうよね。覚えていないわよね。あなたが1歳のだったもの」
美紀はに膝をついたまま、健を見つめた。
赤ん坊だった息子が、目ので10歳のになっている。自分のらないをき、学へ通い、言葉を話し、自分を母とらないまま成していた。
その事実が、美紀の胸を裂くようだった。
「きくなったのね。本当にきくなった」
美紀は息子の頬に触れようとした。けれど健は怖くなり、さらに1歩がった。
「おばさん、どうしてここにいるの」
美紀は答えようとしたが、その、の方で玄関のく音がした。
「健、お菓子買ってきたぞ」
拓也の声だった。
美紀の顔が瞬で恐怖に染まった。彼女は必に健のをつかんだ。
「健、お願い。誰にも言わないで」
「どうして」
「お父さんにも、おばあちゃんにも、拓也にも、誰にも言ってはいけないの。言ったら、みんなが危なくなる」
健は状況を理解できなかった。けれど、美紀の目は本気だった。
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必で、恐ろしく、泣きそうな目だった。
「約束できる?」
健は戸惑いながらも頷いた。
「うん」
「ありがとう。本当にありがとう」
美紀はもう度だけ息子を見つめると、の奥へを隠した。
健は震えるで階段をった。
「健、どこにいるんだ?」
「ここにいるよ、おじさん」
健は何事もなかったようにリビングへ戻り、ノートをいた。拓也は袋からお菓子をし、いつも通りの笑顔を見せた。
「お腹空いただろう」
「うん。ありがとう」
健は返事をしたが、のはの女性のことでいっぱいだった。
あのは誰なのか。
なぜ自分を母と呼んだのか。
本当に、自分のお母さんなのか。
その夜、に帰った健は、こっそり裕の部に入った。引きしの奥にしまわれたアルバムを見つけると、息をひそめていた。
そこには、赤ん坊の自分を抱いて笑う若い女性の写真があった。
「これが……お母さん」
写真のの女性はるく、髪もきれいにえられ、幸せそうに笑っていた。
で見た女性とは、あまりにも違っていた。
痩せて、青く、怯えた目をしていたあのと、同じ物とはえなかった。
けれど、目元だけは似ている気がした。
健はアルバムを閉じ、胸の奥にい秘密を抱えたまま布団に入った。
数、健は誰にもそのことを話さなかった。
約束したからだった。
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方で、美紀も眠れない々を過ごしていた。
10ぶりに息子に会えた。赤ん坊だった健が、自分の目のにっていた。嬉しくて、苦しくて、声を殺して泣いた。
拓也は、そのから以よりも警戒するようになった。
健がのことを尋ねたからだ。
「どうして急にのことを聞いたんだ」
拓也はひとりごとのように呟き、げにのを歩き回った。
それからは、健が来るには必ずのドアを施錠した。美紀にも、しでも声をせば裕も健も文子も危ないと脅した。
「静かにしていろ。おばあさんも怪しんでいる。余計なことをすれば、全員どうなるか分かっているな」
美紀はを縮めるしかなかった。
健はそのも、何度か父に母のことを尋ねた。
「父さん、僕のお母さんは本当にくにいるの?」
裕は議そうに息子を見た。
「どうして急にそんなことを聞くんだ」
「なんとなく」
「母さんは……くにってしまったんだ。このくにはいないよ」
裕はそう言ったが、胸のにさな違が残った。
健の様子がおかしい。
何かを隠している。
そうじたのは、文子も同じだった。
ある週末、文子が健にそっと尋ねた。
「健、おばあちゃんに正直に話してごらん。拓也さんので、誰かに会ったのかい」
健はびくりと肩を震わせた。
「会ってないよ」
その慌てた様子を見て、文子は確信した。健は何かをっている。
だが、健は約束を守り続けた。
その沈黙が、しずつ裕と文子の疑いをめていった。