"地下室に消えた母" 第1話
1993のお盆、京都世田区の細いの突き当たりにあるさな戸建てから、田裕はきな鞄をにして玄関をた。
隣には妻の美紀がいた。美紀はのセーターに黒いズボンをわせ、片にさなハンドバッグを持っていた。もう片方ので、裕の腕に抱かれて眠っている息子の健をそっと見つめていた。
健はまだ1歳になったばかりだった。結婚8目にしてようやく授かった、夫婦にとって何より切な子どもだった。さな唇をしけ、父親の腕のでしきったように眠っている。
さな庭では、美紀がに種をまいたコスモスがに揺れていた。淡いびらが朝のを受け、静かに揺れる様子を、美紀はをるに度だけ振り返って見た。
「きれいに咲いてくれたわね」
美紀がさく呟くと、裕は鞄を持ち直しながら微笑んだ。
「帰ってきたら、またをやらないとな」
そのは、裕の実がある伊豆へ向かう予定だった。お盆を両親と緒に過ごすためである。今は特別だった。初めて健を連れて、両親に会いにくのだ。
義父母は、孫に会えるをずっと楽しみにしていた。美紀もそれをよくっていた。美紀は自分の両親をくにくしていたため、裕の両親を本当の親のように慕っていた。
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義父母もまた、美紀を実の娘のようにがってくれていた。
を歩きながら、裕は隣のに目を向けた。
庭先で洗濯物を干していたのは、伊藤拓也だった。30歳の独で、くに両親をくしてからは1で暮らしている。普段から田に親切で、特に健のことをよくがってくれていた。
「ってらっしゃい」
拓也が洗濯物を干すを止め、笑顔でを振った。
「はい。お盆、楽しんできます」
裕が答えると、美紀も軽くをげた。
バスターミナルまでは歩いて15分ほどだった。連休初のターミナルは、帰省客でごった返していた。きなスーツケースを引く族連れ、お産の箱を抱えた、子どものを引く母親たち。待はいきれでし蒸し暑かった。
裕が切符を買いにっている、美紀は健のおむつを確認した。健はまだ眠っていた。美紀は息子の額にそっとを当て、おしそうに目を細めた。
そのだった。
「あ、しまった」
美紀がさく声をげ、で額を軽く叩いた。
切符を持って戻ってきた裕が、すぐに気づいて尋ねた。
「どうしたんだい。何か忘れた?」
「お義父さんたちに渡す羊羹よ。に置いてきちゃった」
裕の顔がし曇った。
その羊羹は、を通じてようやくに入れた特別なものだった。両親がを取り、体のあちこちが痛むと聞いて、美紀がを込めて用したお産だった。
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値段もくはなかったが、それ以に、美紀の気持ちがこもっていた。
裕は腕のの健を見ろした。健は父のシャツをさな指で握ったまま、く眠っている。
「どうしようか。緒に取りに戻るか」
「私がさっと取ってくるわ。はくないもの」
「1で丈夫か?」
「丈夫よ。健を連れて、荷物まで持ってったり来たりしたら変でしょう。私1ならすぐ戻れるわ」
裕はし迷った。けれど、美紀の言う通りだった。バスのまではまだしある。まではい。眠っている子どもときな鞄を抱えて往復するより、美紀が1で戻った方がい。
「じゃあ、急いでってきて。バスに乗り遅れないように」
「配しないで。羊羹を取ってくるだけだもの」
美紀はハンドバッグからの鍵を取りし、穏やかに微笑んだ。
その笑顔が、裕の記憶に残る最の笑顔になるとは、そのは誰もらなかった。
美紀は眠る健の額にそっとキスをした。
「じゃあ、ってくるわね。お義母さん、羊羹を見たらぶでしょうね」
裕は健を抱いたまま、美紀のろ姿を見送った。のセーターが混みのにしずつ紛れていく。さなハンドバッグがのに揺れていた。
裕は何も疑わなかった。
すぐに戻ってくる。
そうっていた。
しかし、美紀は戻ってこなかった。
10分が過ぎた。
20分が過ぎた。
30分が過ぎても、美紀はターミナルに戻ってこなかった。