"病室の鍵を閉めた嫁" 第2話
美咲さんはいつも、私の目を見て丁寧にをげて頼んできた。私はその健気な姿にを打たれ、その度に「気にしないで、甘えていいのよ」と笑顔で返していた。すべてはする初孫のため、そして拓哉たちが何のもなく暮らせるなら、そう信じて疑わなかった。気づけば、これまでに渡した援助の総額は700万円を優に超えていた。
それでも、々のやり取りので、しずつ胸の奥にさな違が積みなっていった。
私が「もしよければ、妊婦健診の付き添いをしようか?」と申した、美咲さんは即座に目をそらした。
「実の母がすべて付き添いますので丈夫です」
また、私が体に障らないようにと塩分を控えめにした作りの煮物を持っていったには、玄関先でこう言われた。
「すみません、実の母が作ったものしか今は体が受け付けなくて……」
さらに、無事にまれたの初宮参りの予定について尋ねると、拓哉は私と目をわせようとせず、気まずそうに線を泳がせた。
「その辺りのスケジュールは、美咲のお母さんが全部決めてるから」
美咲さんの実母である田島紀子さんは62歳で、元護師だと聞いていた。初めて夫婦ので顔をわせたから、どこか私を値踏みするような、ややかな目を向けてくるだった。
ある、拓哉たちのへ事に招かれたときのことだ。
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私は妊娠の美咲さんでもべやすいようにと、丁寧にカツオの汁をめにひき、具材をさく切った温かい茶碗蒸しを作って持っていった。それを見た紀子さんは、でさく笑った。
「今の育児や栄養学は、私たちの昔の頃とは全く違いますからね。お義母さん世代の古いやり方は、正直言って見ていて怖いんです」
私は持っていた箸をそっと置いた。本当なら、私は産婦科医のプロとして40以命の現で働いてきました、と言言い返すこともできたはずだ。けれど、私はどうしても言えなかった。ここで私が医師のプライドをして張りえば、に挟まれた美咲さんが気まずいいをしてしまう、と考えてしまったのだ。
「そうですね。私もすっかり古いですから」
私はそう言って、無理に笑顔を作ってそのを収めた。隣に座っていた拓哉は、を向いたまま何も言わなかった。
その夜、自分のに帰ってから、私は押入れの奥に切に仕っていたの属箱をそっと取りした。の使用で角がし凹んだ、き夫の古い形見の箱だ。には、このの権利の写し、古い通帳の控え、印鑑登録の類、の貸庫のカード、そして夫が息を引き取る直に遺したい自のメモが入っている。
『佳代、自分の老だけは絶対に任せにするな』
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夫らしい、飾り気のないい言葉だった。私のむこのは、夫と2で何も必にローンを返し続けた切なだ。現のと建物の価値をわせれば、1億2000万円程の資産価値があると言われている。でも、私はそのを財産としてに自したことは1度もなかった。あのは、幼い拓哉が夜に突然をした夜、夫が必に背負って夜病院へったいのであり、夫が最のを静かに過ごしたであり、私が2きりになっても毎朝欠かさず噌汁を作り続けてきた、そのものと言えるだった。
産予定がづくにつれて、美咲さんからの銭な連絡はさらに頻繁になった。
「どうしても個に入院したいんです」 「病院から、もしかしたら帝王切になるかもしれないと言われました」 「退院したのケアにも、かなりおがかかりそうで……」
私は拓哉たちの言葉を信じ、その度に言われた通りの額を座に振り込んだ。だが、ある、私は偶然にも残酷な真実を見てしまったのだ。
拓哉のを訪れた際、リビングのテーブルのに何気なく置かれていた美咲さんのスマートフォンの画面が、着通でパッとるくなった。そこには、実母の紀子さんからのLINEメッセージがはっきりと表示されていた。
『お義母さんのおは、使えるうちに全部使った方がいいよ。
どうせあのは暮らしなんだし』