"重箱を閉じた日" 第4話
どうしてそこまでなますなのか。
私は聞きたかった。
でも今は聞きませんでした。
代わりに言いました。
「なら、あなたが作ればいいでしょう」
夫の目がきくきます。
「え?」
「それはあなたの欲しいものなんだから」
私は落ち着いた声で続けました。
「私は私の正を守る」
その言葉をにした瞬、自分でも驚きました。
私は初めて、自分を主語にしたのです。
田ではなく。
夫ではなく。
伝統でもなく。
私。
その夜。
夫は縁側でい煙を吸っていました。
のは静かでした。
やがて夫が戻ってきました。
そしてぽつりと言いました。
「母さんがくんだのはってるだろう」
私は頷きました。
夫は窓のを見たまま続けます。
「正だけはが残ってた」
しが空きました。
そして夫はさらに言いました。
「この酸っぱい匂いがな……母さんの匂いなんだ」
私は言葉を失いました。
。
度も聞いたことがありませんでした。
聞ける空気ではありませんでした。
聞こうともしませんでした。
でも、それだけで分でした。
夫がなますに執着していた理由。
それは命令ではなく、記憶だったのです。
幼い頃にくした母親。
正の台所。
酸っぱいなますの匂い。
夫はそれを失いたくなかったのでしょう。
けれど――。
だからといって、私のが消えるわけではありません。
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私が犠牲になっていい理由にもなりません。
私は静かに言いました。
「分かったわ」
夫が顔をげます。
私は続けました。
「でも作るのは、あなたよ」
夫は何も言いませんでした。
ただ度だけ目を伏せました。
その姿は、私が初めて見る「謝ろうとしている」の姿でした。
そして私はいました。
来の正は、きっと変わる。
変えていいのだと。
翌の正、族は再び卓に集まりました。
台所から運ばれた段箱は、以とは違う空気をまとっていました。赤、黄、黒、緑の彩りが鮮やかに並び、りも優しく漂います。孫は目を輝かせ、箱の蓋をけるとさな声で言いました。「わぁ、おばあちゃん、すごく綺麗!」
その言で、台所の空気がし柔らかくなったようにじました。私はく息をつき、指先で箱の縁を押さえました。かけて準備したおせちの数々。つつに、私のいとが込められていました。
夫はし困惑した顔で箸を取りました。「うまい……」に入れた瞬、静かな満が彼の顔に広がります。息子はまだし戸惑い、嫁は穏やかに笑っています。孫は目のの料理にで、箸をめていました。
私は静かに座り、胸の奥で何かが溶けていくのをじました。のと犠牲。そして、それを伝えるための箱。誰かに押し付けるのではなく、自分自で作る正の価値。
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それをようやく族に示すことができたのです。
「おばあちゃん、ご飯これもべていい?」孫が声で聞きます。私は微笑み、頷きました。「もちろんよ、好きなものをべていいわ」
嫁も私を見てさく頷きました。「これからは緒に作りましょうね」その言葉は、私の胸のさをそっと取りってくれるものでした。夫もようやく箸を置き、をげました。「すまなかった……今まで気づかなかった」
私は静かに言いました。「いいのよ。でも、もう正は私の正」これまでの苦しみや満を切み込まず、自分の言葉で決めた瞬でした。族全員がその言葉を受け止め、箱の周りに笑顔が戻ります。笑い声、箸の音、そして孫の楽しげな声が台所に響き渡りました。
これがしい田の正です。誰もで犠牲になる必はありません。誰もしすぎる必もありません。皆で笑い、楽しみ、べる。それだけで、正は特別なものになります。
正の騒がしさが落ち着くと、私は静かに台所を片付け始めました。めた煮物を鉢に移し、使った鍋を洗い、ふきんで滴を拭き取ります。指先はまだたいですが、は軽やかです。箱を片付けるを止め、ふと孫を見ました。目を輝かせ、まだ笑顔で遊んでいます。
「おばあちゃん、来も作ろうね」その声に、私も自然と笑みがこぼれました。
「そうね、緒に作りましょう」それは、私の正が族全員のものとして受け入れられた瞬でした。