"重箱を閉じた日" 第2話
その言葉は優しいのに、胸に刺さりました。
私は笑ってごまかしました。
「慣れてるだけよ」
慣れている。
その言で、私は自分の首を何度も締めてきたのだといます。
嫁はそれ以責めず、隣で煮汁を作り始めました。醤油、みりん、砂糖の匂いが台所に広がります。ひとり分ではない、誰かと緒に作る匂いでした。
その匂いに、私はしだけ救われた気がしました。
晦の午、嫁は袋をつ抱えてめにやって来ました。
玄関で靴を脱ぎながら、し息を弾ませています。私は台所から顔をし、を拭きながら尋ねました。
「そんなに荷物を持って、どうしたの?」
嫁はし迷ってから、袋を台所のテーブルに置きました。からてきたのは、オードブルのカタログ、注文用のメモ、それから孫が好きそうな唐揚げやポテトサラダの材料でした。
その袋からは、いつものおせちとは違う匂いがしました。軽くて、るくて、子どもが笑いそうな匂いです。
嫁はまっすぐ私を見ました。
「お母さん、来、おせちやめませんか」
私は瞬、呼吸を忘れました。
「そんな……」
言いかけた私に、嫁は静かに首を振りました。
「壊すんじゃないです。作り直すんです」
その声はくありませんでした。でも揺れていませんでした。
「お母さんが倒れたら、誰が責任取るんですか。
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それに……」
嫁はリビングで遊ぶ孫の方を見ました。
「あの子が見てます。女だけが台所につのが普通だって、覚えちゃう」
その言葉に、私はを止めました。
孫が見ている。
孫が学んでいる。
私は、何を見せてきたのだろう。夫の言葉をみ込み、黙って台所にち、笑って「慣れてる」と言う姿。それを族の形として、次の世代に渡そうとしていたのかもしれません。
けれど、夫の顔がに浮かびました。
伝統。
田のやり方。
正の形。
それらの言葉が、私をまた元の所へ戻そうとします。
嫁は私の迷いを見透かしたように言いました。
「話しましょう。で。お母さんで背負わなくていいです」
その言葉が、胸にこびりついていた罪悪をしだけ溶かしました。サボるわけではない。逃げるわけでもない。族の正を守るために、形を変えるだけ。
私はさく頷きかけました。
そのでした。
「なんだ、これは」
台所の入に夫がっていました。
夫の線は、テーブルに広げられたオードブルの材料に向けられていました。眉にい皺が寄っています。
「おせちを作っているのに、なぜ余計なものを並べる」
嫁がをきかけました。けれど私は、そのに言ってしまいました。
「孫がぶかとって」
夫は嫁ではなく、私を見ました。いつもそうでした。
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嫁に言うべきことも、息子に言うべきことも、夫は私を通してかそうとするのです。
「子、片付けろ」
命令でした。
相談ではありませんでした。
私は本当は言うべきでした。
今の言い方はやめてください。相談してください。嫁を私の代わりにしないでください。
けれど、私のは昔の言葉を選びました。
「分かったわ」
嫁が唇を噛みました。私は嫁に線を送りました。今は耐えて。正を壊したくないから。
嫁は黙って頷きました。
その瞬、私は気づきました。
私は嫁にも、同じことをさせている。
私が続けてきたを、次は嫁に渡そうとしている。
胸の奥が、く痛みました。
この痛みは腰ではありません。
でした。
元旦の朝。
夫の言う「正しい」にわせるように、族全員が卓に集まっていました。
箱の蓋がかれると、黒塗りの箱のにとりどりのおせちが並びます。
黒豆。
数の子。
伊達巻き。
昆布巻き。
栗きんとん。
なます。
かけて作った料理たちは、どれも綺麗にえられていました。
「うわぁ、きれい」
孫が目を輝かせて言いました。
その言だけが、私には救いのように聞こえました。
夫は満そうに胸を張ります。
「綺麗だろう。おばあちゃんが何もかけて作ったんだ」
作ったのは私です。
でも誇っているのは夫でした。
私は何も言いませんでした。
夫はさらに孫の皿を引き寄せ、おせちを盛りに盛り始めました。
「ほら、正なんだからべろ」
孫の顔が引きつります。