"次の駅で降りなさい" 第3話
千百万円。
委任状。
会、原田誠。
そして、以内。
このは、もう誰かのので売られかけていた。
翌朝の空気はかった。
噌汁の湯気がちる卓で、私はほとんど眠れなかった目を伏せたまま箸をかしていた。
昨夜見た契約の文字が、目を閉じるたびに浮かんでくる。
売買予約契約。
委任状。
。
兄の健が噌汁の椀を置いた。
「咲、ちょっといいか」
私は顔をげた。
「何?」
「で話そう」
兄の隣で美がさく頷いた。
その作が妙に自然すぎて、かえって自然だった。
まるで最初から決まっていた図のようだった。
私は兄のを追い、縁側へた。
朝のはたく、庭の松が静かに揺れている。
兄はタバコを取りし、をつけた。
煙がゆっくり空へ昇る。
「おさ」
兄は煙を吐きながら言った。
「最いつ帰ってきた?」
「のかな」
「そのは?」
答えられなかった。
昨の正だったか、そののだったか。
いそうとしても曖昧だった。
兄は苦笑した。
「半に回も帰ってないだろ」
私は黙った。
反論できなかった。
「母さんだったんだぞ」
「でも、美さんがいるじゃない」
言った瞬、兄の顔が固まった。
煙を持つが止まる。
「なんだよ、それ」
声がくなった。
「なんでもない」
「なんでもなくねえだろ」
兄はちがった。
距が縮まる。
広告
「母さんの通院に付き添ったのも、固定資産税を払ったのも、夜に転んだに駆けつけたのも全部美だ」
兄の目はっていなかった。
もっとたい。
諦めにい目だった。
「おは何した?」
私は答えられなかった。
何もしていない。
それは事実だった。
「何もしてないだろ」
兄は吐き捨てるように言った。
「来ただけすな」
胸が痛んだ。
でも反論できなかった。
父がくなった。
私は京へ戻り、自分の活を優先した。
母がどう暮らしているのか。
何をべているのか。
病院はどこなのか。
何もらなかった。
「通帳理も類の管理も全部美だ」
兄は続けた。
「母さんは混乱してたんだよ」
混乱。
その言葉に昨夜の委任状が浮かぶ。
「兄さん」
私は静かに言った。
「母さんの通帳、自分で見たことある?」
兄の眉がいた。
「美が管理してる」
「そうじゃなくて、自分で見た?」
沈黙。
兄の目が険しくなる。
「お、まさか美を疑ってるのか」
「そう言ってない」
「顔にてる」
兄は歩づいた。
「いいか。美は族だ」
そして言った。
「およりずっと族だ」
その言葉が胸に刺さった。
嫁にた娘。
の。
兄が言ったのは事実だった。
私は何もしてこなかった。
でも――
だからといって。
母のを勝に担保にしていい理由にはならない。
兄はへ戻った。
私は、縁側に残された。
父が植えた柿のがに揺れていた。
広告
何もしてこなかった。
その事実と。
だからといって許されるわけではないという事実。
そのつが胸のでぶつかりっていた。
昼過ぎ。
私は母の部を訪ねた。
母は座子に座り、テレビを見ていた。
膝には座布団を抱えている。
「お母さん」
「あら、咲。どうしたの?」
穏やかな声だった。
私は母の隣に座った。
「通帳って今どこにあるの?」
母のが止まった。
「通帳?」
「うん」
母はし考えてから笑った。
「ああ、あれね。美ちゃんが管理してくれてるの」
その言葉に胸がくなる。
「定期預とか固定資産税とか難しいでしょ?」
母は気楽そうに言った。
「だから全部任せてるの」
まるで洗濯物を預けているかのような調だった。
自分の財産なのに。
「見せてもらえる?」
母の笑顔がしだけ固まった。
「え?」
「確認したいことがあるの」
「でも美ちゃんが管理してるし……」
母は困ったように笑った。
「わざわざしてもらうのも悪いじゃない」
私は唇を噛んだ。
「お母さんのおだよ」
「でも咲、そういうの苦だったじゃない」
胸が痛んだ。
それも事実だった。
相続の。
私は何も分からず全部美に任せた。
遺産分割協議。
産評価額。
固定資産税。
何も理解できなかった。
「だから丈夫よ」
母は言った。
「美ちゃんがちゃんとやってくれてるから」
私は何も言えなかった。
今ここで全部話せば母は混乱する。
でもはない。
しかない。
「何かあったの?」
母がそうに聞いた。
私は首を振った。
「なんでもない」
嘘だった。