"消された両親の席" 第8話
質素に見えるかもしれないこの暮らしので、私たちは分に満たされていました。
朝は庭の々にをやり、昼はでに向かい、夕方になると夫の貴とで卓を囲む。価な料理も、きらびやかな会話もありません。ただ、互いの顔を見ながら温かい噌汁をむがありました。
それだけで、私たちには分でした。
けれど、健太郎からの連絡は止まりませんでした。
着信履歴は毎のように増え、メッセージも何通も届きました。最初の数は、ただ「話にて」「話を聞いて」といったいものばかりでした。
やがて、その文面はしずつ変わっていきました。
「父さん、母さん、本当にごめんなさい」
「自分がどれだけ失礼なことをしたか、今さら分かりました」
「度だけでいいから会ってください」
私は通だけを見て、すぐにはきませんでした。
許したくないわけではありません。
ただ、言葉というものは、苦しみの直にはいくらでもてくるものです。失ってから慌てて差しす謝罪が、本当にからのものなのか。それを見極めるには、しが必でした。
貴も同じ考えでした。
ある夜、夫は静かにお茶をみながら言いました。
「健太郎は今、自分のを失ったことに怯えている。親を傷つけたことそのものと、世に恥をさらしたこと。
広告
そのつをまだ混同しているかもしれない」
私は湯呑みを両で包みました。
「自分が困ったから謝っているだけなら、また同じことを繰り返しますね」
「ああ」
夫はく頷きました。
「だから、まだ会うべきではない」
私は黙って頷きました。
息子に会いたくない母親などいません。会って、その顔を見て、幼い頃のように抱きしめたい気持ちはありました。
けれど、今それをしてしまえば、健太郎は本当ので何も学ばないまま、また誰かの価値を肩きやおで測るに戻ってしまうかもしれません。
親として、ここで甘やかしてはいけない。
それが私たち夫婦のした答えでした。
数、秘の田さんから連絡が入りました。
「奥様、健太郎様が直接こちらへお越しになりたいとおっしゃっています」
私は轆轤のでを止めました。
目ののは、まだ形を作る途でした。く押しすぎれば崩れ、優しすぎれば形にならない。子育ても、もしかすると同じだったのかもしれません。
「今はまだ、お断りしてください」
私は静かに言いました。
「ただし、こう伝えてください。言葉だけではなく、何を違えたのか、自分で考えてから来なさい、と」
田さんはしを置いてから、丁寧に返事をしました。
「かしこまりました」
話を切ったあと、私はく息を吐きました。
広告
胸は痛みました。
けれど、の奥に迷いはありませんでした。
健太郎に必なのは、親の財産でも肩きでもありません。
自分が何を恥じ、何を踏みにじったのかを、自分ので理解するだったのです。
結婚式が止になったあと、健太郎と麗華さんの関係はきく揺れたようでした。
そのことを直接聞いたわけではありません。けれど、田さんや式の関係者を通じて、しずつ事はに入ってきました。
麗華さんのご両親は、式できな恥をかかされたことに激したそうです。
本当は自分たちが費用をしているとい込んでいた披宴が、実際には郎側の父親によって匿名で支払われていた。それどころか、見していた相がその式の所者であり、全国規模の企業グループの会だった。
その事実は、麗華さんのご両親にとって耐えがたい屈辱だったのでしょう。
方で、健太郎もまた、自分がどれほど浅はかだったかを突きつけられました。
自分が恥ずかしいとっていた両親こそが、誰よりも静かに自分を支えてくれていたこと。や肩きに目を奪われ、親の本当の姿を見ようとしていなかったこと。
それを、あの会でくののにさらされたのです。
麗華さんからも、何度か私宛にが届きました。
最初のには、謝罪よりも言い訳がく並んでいました。
「当は混乱していました」
「両親の向もありました」