"台所の外で母になる" 第4話
「いいよ。母さんがるの、わかるから」
「ってたんじゃないの」
言いかけて、文子は止まった。
喉が詰まった。
弘は待っていた。
初めて、文子の目をまっすぐ見ていた。
文子は息を吸い、い息を吐いた。
「寂しかったの」
その言葉を、やっと言えた。
弘の目が潤んだ。
しばらく、誰も何も言わなかった。
弘はポケットからさな写真を取りした。
さっき、で渡そうとしていたものだった。
「これ」
文子は受け取った。
それは、あので撮った族写真だった。
夫と弘のに、文子がさく写っている。
文子のが震えた。
「これ……アルバムからなくなっていた写真」
弘はさく頷いた。
「ずっと財布に入れてた」
「どうして……」
「父さんがくなった、母さんがアルバムを見ながら泣いてたのを覚えてる。あの、棚にしまったきりだった。台のノリが古くなってて、写真が剥がれかけてた」
弘はそこで度言葉を切った。
「でも、それだけじゃない。俺が持っていたかったんだ」
文子は写真から目をせなかった。
「母さんが写ってる写真、これしかなかったから」
息が詰まった。
文子はずっと、自分は誰にも見られていないとっていた。
けれど、弘は見ていた。
フレームのにいた母を、ずっと持ち歩いていた。
「このを選んだのは、この写真があったから。ここでなら、また撮れるとって」
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弘の声が震えた。
「俺も気づいてた。母さんがいつもフレームのにいたこと。だから、この写真だけは持っていたかった」
文子の涙が止まらなくなった。
美も隣で泣いていた。
文子は写真を胸に当て、しばらく目を閉じた。
夫がいた。
弘がいた。
そして、自分もいた。
確かに、そこにいた。
文子はゆっくり顔をげた。
「来から、元旦は私の休むにする」
弘が驚いたように目をいた。
「え?」
「だから、においで。その代わり、来たら私は台所にたない。あなたの隣に座る」
弘は何度も頷いた。
「うん」
「お節は作るわ。でも、段だけ。あなたと美さんの分だけ」
「うん。それがいい」
「私、ちゃんとあなたの顔を見る。台所じゃなくて、隣に座って」
弘がし笑った。
「俺も、母さんの顔を見る」
文子も泣きながら笑った。
「来は緒に写真を撮ってね」
「うん。俺が撮る」
弘はスマホを取りした。
「今、撮っていい?」
文子は頷いた。
涙の跡が残っていた。
でも、構わなかった。
初めて正に、息子と並んで写真を撮った。
の元旦の朝、文子は台所にっていなかった。
目が覚めてすぐ、いつものようにエプロンにを伸ばしかけて、途でやめた。
夫がくれたエプロン。
文子はそれをに取り、結ばずに丁寧に畳んだ。
もう結ばなくていい。
でも、捨てなくていい。
そうえた。
箱は段だけした。
残りの段は、棚の奥にしまった。
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取りすとき、ったより軽かった。
段だけの箱に、作りのお節をしずつ詰めた。真んには、夫が好きだった田作りを入れた。弘にもべてほしかった。
午、文子は所の神社に初詣にった。
境内で奈々と会い、甘酒をんだ。
奈々は笑って尋ねた。
「どう? 元旦の台所からられた?」
文子は湯気のつ甘酒を両で包みながら答えた。
「うん。られた」
「どんな気分?」
「軽い」
奈々は嬉しそうに笑った。
「肩の力が抜けたでしょ」
「最初は軽すぎて、逆にだったわ」
で笑った。
元旦の夜、弘から連絡が来た。
「、何にこうか?」
文子はすぐに返した。
「お昼でいいよ。ゆっくりおいで」
今、文子は元旦に台所へかなかった。
、弘が来る。
でも、エプロンはしない。
隣に座って、顔を見て話す。
お節は段だけ。
台所にたなくても、自分は母だった。
撮った写真を、今は居に飾っている。
涙の跡が残る顔で、文子は笑っていた。
分のアルバムで、初めて文子が真んにいた。
あの古い写真は、弘に返そうとした。
「もう持ってなくていいよ」
そう言うと、弘は首を振った。
「これは俺のだから」
文子は何も言わずに頷いた。
歳の正。
台所ので吸った空気は、ったよりたくて、ったより優しかった。
そして文子は、ようやく気づいた。
母でいることは、箱を段詰めることではない。
台所にち続けることでもない。
隣に座って、顔を見ること。
寂しかったと言えること。
そして、見てくれていたのいに気づくこと。
そのから、文子の正はしだけ軽くなった。
族が壊れたのではない。
い、固く結ばれてほどけなかったものが、ようやくしずつ、ほどけ始めたのだった。