"台所の外で母になる" 第2話
スマホが鳴った。
今度は、美からだった。
「お母さん、けましておめでとうございます。今は寒いので、お気をつけておかけください。夫、昨夜からずっと考えていて、うまく言葉にできないみたいで……くても会えると嬉しいです」
文子はスマホを置いた。
うまく言葉にできない。
それはっている。
弘は、子どもの頃から文子のことになると黙る子だった。
学の頃、度だけ聞いたことがある。
「なんで母さんのことになると黙るの?」
弘はしばらくを向き、さな声で言った。
「言葉がになるんだ。母さんのことだと」
母ののカードも、結局渡せなかった子だった。
でも今回は違うのではないか。
で会おうとは言えるのに、理由は言えない。
美の実にはけるのに、自分のには来られない。
文子は、やっぱり腹がった。
会わない、と返信しようとった。
でも、それは嘘だった。
「元旦だからって、無理して来なくていいよ」
そう言い続けてきたのは、文子自だった。
優しさのつもりだった。けれど本当は、迎える母でいることで、自分がまだ必とされているとしたかっただけなのかもしれない。
午、所の友の奈々がに来た。
同いで、昔からの友だった。
台所に入るなり、奈々は箱を見て目を丸くした。
「あんた、元旦に箱段って、相撲部の女将さん?」
広告
文子は苦笑した。
「でも、誰も来ないのよ」
奈々は箱の蓋をそっと閉じながら、静かに言った。
「私もね、あんたと同じだった。正になると台所からられなかった。ってないと、母じゃない気がしてね」
「わかる」
文子はく答えた。
奈々は文子の顔を見た。
「母はね、子どもに見られて初めて、そこにいたことになるのよ。台所に隠れてたら、いないのと同じ」
その言葉が、胸に残った。
「元旦は母親の勤じゃないの。休んでいいのよ」
文子は箱を見た。
「ってこようかな」
「そうしなさい。ってもいいから、顔は見ておきなさい」
奈々は箱を指差した。
「でも、それは持っていくな」
「え?」
「ぶらできな。母の仕事を、回だけ置いていく練習」
文子は黙った。
箱を置いていく。
それは、夫のいも、母としての役割も、しだけ置いていくということだった。
文子はエプロンの結び目を解き、子の背にかけた。
玄関で靴を履き、また脱いだ。
もう度履いた。
それは、台所のへる練習だった。
待ちわせは、駅のさなだった。
のでを止めた、文子は自分がぶらで来たことに気づいた。エプロンも、箱も、に置いてきた。
元旦に台所のにいる。
それだけでし胸が軽かった。
けれど、りが消えたわけではなかった。
に入ると、弘と美が先に座っていた。
広告
テーブルには湯気のつ雑煮がつ置かれている。
「母さん、寒かったでしょ。これ、頼んでおいたから」
弘が子を引いた。
文子は何も言わずに座った。
雑煮をべて、いした。
この。
昔、弘がまだ学だった頃、族で来ただ。夫も緒だった。
「この雑煮が番うまい」
夫がそう言って笑っていた。
文子は箸を止めた。
「この、覚えてたのね」
弘はし目を伏せた。
「うん。父さんが好きだった」
美が静かに笑った。
文子も、しだけ笑った。
瞬だけ、温かい記憶が戻ってきた。
夫がいて、弘がいて、自分もそこにいた。
でも、それは昔の話だ。
湯気が静かに消えていく。
美が気を使うように尋ねた。
「お母さん、お節、作られたんですか?」
「ええ。段」
「段も……すごい」
美が驚いたように言うと、弘が何か言いかけてやめた。
文子は箸を置いた。
「弘。昨の夜、来るとわせたじゃない。なのに今朝になって、やっぱりけないって。理由くらい言いなさいよ」
弘は黙った。
箸を置き、を向いた。湯呑みの縁を指でなぞる音だけが聞こえた。
「ごめん」
「謝るだけじゃ、わからないわ」
弘の目は赤かった。
泣いたのか、眠れなかったのか。
文子は息をえた。
「くていいから、理由を言って。それだけでいいの」
また、沈黙が落ちた。
美が「あの、夫は……」と言いかけたが、弘が首を振った。美はを閉じた。
弘の指が、箸袋をくしゃりと潰した。
言えないなのは、わかっている。
でも、今くらい言ってほしかった。