"台所の外で母になる" 第1話
元旦の朝、田文子は台所にっていた。
窓のはまだ暗く、所の根にはいが残っている。台所のさな灯だけが、まな板のをぼんやり照らしていた。
昨夜、息子の弘から話があった。
「元旦は、で会うことにしない?」
受話器の向こうの声は、どこか歯切れが悪かった。
文子はし眉を寄せたが、すぐに当然のように返した。
「それならにおいでよ」
元旦に息子が来るなら、で迎えるものだとっていた。お雑煮を作り、お節をし、温かいお茶を入れる。それが母親の役目だと、文子はいあいだ信じてきた。
弘は「うん」とだけ言って、話を切った。
だから文子は、今朝も何も疑わず昆布をにつけていた。
けれど、スマホが震えたのは、そのしあとだった。
画面には弘からのメッセージが表示されていた。
「母さん、けましておめでとう。ごめん、やっぱり元旦はにはけない。昼にで会える? 取れたから」
文子は画面を度見した。
「やっぱりけない」
その言葉だけが、たいのように胸に広がった。
昨夜は来るようなぶりだった。なのに、今朝になって急にけないという。
文子はすぐに話をかけた。回、回。呼びし音だけが続き、やがて切れた。
「どうしてないの……」
台所に置いた箱の蓋が、妙にたく見えた。
しばらくして、親戚のグループラインに写真が流れてきた。
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画面をいた瞬、文子の指が止まった。
そこには、美の実で笑っている弘の姿があった。
隣には嫁の美と、その両親。テーブルには派なお節料理が並んでいる。
「お正、帰ってきてます」
そんないメッセージが添えられていた。
私のにはけないと言ったのに。
向こうには、もう帰っている。
文子はスマホを置き、しばらくけなかった。
りがこみげてきた。
いや、りだとっていた。
「私は、族に入っていないのかしら」
その言葉を声にすると、台所の空気が段たくなった気がした。
文子は棚の奥にしまっていた古いアルバムを取りした。
夫がくなってから、怖くてけられなかったものだった。ぶりにページをめくると、写真のには若い頃の夫と、さな弘がいた。
運会、浴、、族旅。
真んにいるのは、いつも夫と弘だった。
文子はいつも、カメラを構える側だった。
「撮って、撮って」と言われ、文子は笑いながらシャッターを押していた。そのは、それでいいとっていた。
族のいを残しているのだから。
でも今、ページをめくるほどに、文子は自分がほとんど写っていないことに気づいた。
「あったはず……」
夫と弘のに、自分がさく写っていた写真が枚だけあったはずだった。
昔、でよくったで撮った写真だ。
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文子はページを何度も戻した。けれど、そこには写真がなかった。台だけが残っている。焼けの跡が角く浮かび、そこに何かがあったことだけを示していた。
「どうして……ないの」
文子はアルバムを静かに閉じた。
目のには、段の箱があった。
昨から仕込んだお節を、文子はつずつ詰めていた。段目には黒豆と数の子。段目には煮しめ。段目には、夫が好きだった田作りを入れるつもりだった。
甘辛い匂いが、の台所を連れてくる。
夫は、正になると必ず言った。
「来も頼むよ」
それが最の元旦の言葉になった。
けれど、その「来」は来なかった。
文子は箱の蓋をけたまま、ぽつりと呟いた。
「弘は、私のお節をべたくないのかしら」
箱を持ちげようとした瞬、元がふらついた。慌てて流し台にをつき、箱を支える。
「丈夫……」
自分に言い聞かせた、スマホがまたった。
弘からの通だった。
入力の文字が瞬て、すぐに消えた。
何か言いかけて、やめたのだろう。
黙られると、最悪の像ばかり浮かんでくる。
けれど、もし本当に誠実なら、なんて予約しないはずだ。
言えない理由があるのだろうか。
から、初詣に向かう族連れの声が聞こえた。
文子は鏡のにち、エプロンの紐に指をかけた。
このエプロンは、夫がくれたものだった。
結ぶと、母になる。
結ばないと、自分が何者でもなくなる気がした。