"128万円の断絶通知" 第1話
「これ以来るなら、警察を呼びます」
玄関の向こうから聞こえたその声に、私はなぜか笑ってしまった。
歳にもなると、は鳴られても、簡単には涙がなくなるらしい。代わりに、胸の奥がじわじわとえていく。
の終わりだった。夕方の空気はまだしぬるいのに、封筒を握る私の指先だけが、やけにたかった。
私の名は杉沢久子。夫を見送ってから、で暮らしている。
の朝、私は胆嚢の術で入院する。命に関わるものではない。けれど、医師からは「できればご族と緒に来てください」と言われていた。
だから私は、娘のまで来た。ただ、それだけだった。
インターホンのさな画面には、娘の美咲の顔が映っていた。その隣には、婿のがっている。奥には孫の里奈もいて、そうな顔でこちらを見ていた。
「お母さん、急に来られても困る」
美咲は、私と目をわせようとしなかった。
私は封筒を胸ので抱え直し、なるべく穏やかな声で言った。
「のこと、しだけ話したくて」
「もう決まってるから。病院にはけない」
「先が、できれば族と緒にって……それでも無理なの?」
その言葉になるように、が歩へた。
「勝に来ないでください。子供が怖がってるんです。これ以なら警察を呼びます」
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私は何も言わなかった。
言い返そうとえば、言葉はいくらでもあった。けれど、その言をにした瞬、自分が本当に迷惑なになってしまう気がした。
私はに持っていた茶の封筒を、もう度握り直した。
には通帳のコピーが入っている。昼、で記帳したばかりのものだった。
万円。万円。万円。万円。
半で、計百万円。
私が引きした覚えのない額だった。
「……もう帰るわ」
それだけ言って、私はをた。
背で扉が閉まる音がした。その音は、驚くほど軽かった。
ここ、私は週に回はこのに来ていた。里奈の世話をするためだった。
朝く呼ばれて、夕方まで残るもあった。保育園が休みの。をした。美咲が急な残業になった。私は度もく断らなかった。
蔵庫に材がなければ、帰りに買いした。米が切れていれば、キロの袋を台所に置いた。頼まれていなくても、そうした。
々、テーブルの端に万円札を置いて帰ることもあった。言葉にするとくなる気がして、何も言わなかった。
度、度のがあるにも呼ばれたことがある。体がくて、駅の階段をるのもつらかった。それでも「しだけなら」とってった。
里奈は私の膝に乗って眠り、私はソファでそのままけなくなった。
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夕方になっても、美咲は帰ってこなかった。
先に帰宅したは、私を見るなり眉をひそめた。
「具悪いなら、来ないでくださいよ」
その言だけだった。
帰り、私は駅のベンチに座り込んだ。に力が入らなかった。それでも、次に話が鳴れば、また同じようにってしまう。
それが母親というものだと、自分に言い聞かせていた。
の窓に映る自分の顔を見た。し痩せていた。泣きしそうな顔ではなかった。ただ、目の奥が空っぽに見えた。
に着くと、流しには朝の湯みがそのまま残っていた。蛇をひねると、の音が静かに広がった。
私は封筒を卓に置き、のを枚取りした。
数字は変わらない。
万円。万円。万円。万円。
現実は、き換えられない。
その数字を見つめていると、のことをいした。
美咲が働き始めた頃、私は娘の通帳を預かった。無駄遣いするからと言って、料も貯も私が管理した。将来のためだと、本気でっていた。
結婚にも反対した。
「そのは将来性がない」
そう言い切った。
あの、美咲は何も言わなかった。ただ、しずつ私から距を置いた。
あの壊れたのは、おではなかったのかもしれない。
信頼だったのかもしれない。
スマートフォンが震えた。里奈からだった。
《おばあちゃん、ひとりで丈夫?》
私はしばらく画面を見つめた。
子供は嘘をつかない。だからこそ、答えに困る。
《丈夫。よく眠ってね》
送信したあと、胸の奥にたいものが残った。