"壁の奥にいた妻" 第1話
20004、形県佐にある古い軒で、異様な匂いが漂い始めていた。
しい持ち主である斎藤武は、の換気のにち、眉をひそめた。古いだったので、湿気やカビの匂いには慣れていた。だが、そのじた匂いは違っていた。甘く、く、胸の奥にまとわりつくような、な匂いだった。
「ねえ、やっぱり変よ。この匂い」
妻の恵美子が、子どもたちを背にかばうようにして言った。
武は懐灯を持ち直し、の壁を照らした。すると、1か所だけ妙にしい壁があることに気づいた。の壁は古びた材や染みの残るコンクリートだったのに、そこだけが自然なほど滑らかに塗り固められていた。
武はハンマーで軽く叩いた。
鈍い音ではなかった。
空洞のある音がした。
「この向こうに、何かある」
武がそう呟くと、恵美子の顔が変わった。
最初の穴をけた瞬、匂いは気にくなった。恵美子は元を押さえ、子どもたちを連れて階段を駆けがった。武も数歩ずさりし、震えるで警察に話をかけた。
20分、パトカーが到着した。警察官たちはへり、塞がれた壁のでを止めた。壁を壊しめるにつれ、隠されていたさな部が姿を現していく。
縦2m、横3mほどの窓のない空だった。
その隅に、骨があった。
骨は壁にもたれるように座った形で残され、腰のあたりには錆びた鎖が巻かれていた。
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鎖の先は、コンクリートの壁に埋め込まれた属の輪につながれていた。
には古い類、プラスチックの器、バケツ、聞の切れ端、薬の包みが散らばっていた。
現に入った刑事たちは、誰もすぐには言葉を発しなかった。
これは単なる遺棄事件ではない。
この部で、誰かがいを過ごしていた。
いや、過ごさせられていた。
遺体のそばには、汚れた片が何枚も残されていた。聞の余や包装の裏に、震えるような文字がかれている。
「私の名は美紀です」
刑事の薫は、その文を見た瞬、背筋がたくなるのをじた。
美紀。
その名は、10の失踪届のにあった。
199011に姿を消し、自分のでをたと処理された女性。
そしてこのの元の持ち主は、美紀の元夫、桂太郎だった。
彼は警察官だった。
部のに沈殿していたい沈黙が、10を経てようやく破られたのだった。
美紀が桂太郎と会ったのは、1987の祭りだった。
当、美紀は26歳。元のデパートで販売員として働いていた。目つタイプではなかったが、丁寧な接客と穏やかな笑顔で、職では誰からも好かれていた。さな庭に育ち、派なよりも、落ち着いた暮らしを望む女性だった。
その、美紀は友に誘われ、祭りの台を伝っていた。
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浴姿の子どもたちがり回り、提灯のかりが夕暮れの空に揺れていた。美紀は焼きそばのパックを並べながら、ふと混みの向こうにつ男性に目を留めた。
背がく、体格の良い男だった。
警察官の制を着て、会を巡回していた。
それが桂太郎だった。
桂太郎は32歳。佐警察署に勤務する巡査で、町では真面目な若い警察官としてられていた。制姿の彼は、誰が見ても信頼できる物に見えた。美紀もそうじた。
友に紹介され、2は言葉を交わした。
「暑い、変ですね」
桂太郎は丁寧にをげた。
「いえ、皆さんが全に楽しめるなら」
その落ち着いた声に、美紀はし頬を赤らめた。
交際は自然に始まった。桂太郎は礼儀正しく、を贈り、レストランに連れてき、記にはさな宝をプレゼントした。美紀は、自分が切にされていると信じた。
「警察官なんて、できるじゃない」
周囲もそう言った。
美紀自も同じようにっていた。法律を守る仕事をしているが、庭ので誰かを傷つけるなど、像もしなかった。
2は約1交際し、1988に結婚した。
式は元の神社で質素にわれた。無垢姿の美紀は、緊張しながらも幸せそうに微笑んでいた。桂太郎は警察官の制を着て、同僚たちから祝福を受けていた。ホテルのレストランでは50ほどの宴会がかれ、誰もが2の未来を疑わなかった。