"講堂に残された角帽" 第1話
1995224、曜。
稲田学商学部の卒業式会には、朝からくの学と保護者が集まっていた。講堂のには、黒い卒業ガウンをまとった卒業たちが並び、客席にはそれぞれの族が緊張した面持ちで座っていた。
阪から夜けの始発に乗ってきた笠原寛治、55歳と、妻の美代子は、客席の方で並んで座っていた。寛治は阪泉の防で30く働いてきた職で、美代子はまだ夜もけきらない刻から髪をきちんとえ、息子のれのにふさわしいなりをしていた。
2の息子、笠原誠郎は24歳だった。1992に稲田学商学部へ入学し、優秀卒業者として名を呼ばれる予定になっていた。卒業にはすでに企業への内定も決まっていた。方の業の町で、汗と油の匂いに囲まれながら暮らしてきた夫婦にとって、息子の角は涯の勲章のようなものだった。
夫婦が京駅に着いたのは朝9頃だった。そこからタクシーに乗り、稲田の町へ入ったのが940分ほど。キャンパス内の売で、寛治は黄いフリージアとい百の混ざった束を買った。
本当なら、誠郎とは930分頃、講堂ので会う約束だった。
3の話で、誠郎はるい声で言っていた。
「お母さん、930分までに講堂ので待っていてくれれば丈夫です。
広告
式のにはきますから」
しかし、930分を過ぎても、945分を過ぎても、誠郎は現れなかった。講堂のへ々が列をなして入り始めると、美代子は何度も周囲を見回した。
「あなた、誠郎はどうしたんでしょう」
寛治は妻の元の束を見てから、講堂の入へ目を向けた。
「がくて抜けせないだけかもしれない。先に入って座っていよう。名が呼ばれるに見ればいい」
式は10ちょうどに始まった。学部の挨拶、祝辞、そして学位の授与が順々にんでいく。やがて、商学部経営学科の優秀卒業者を呼びげる順番になった。
寛治のが、美代子のをく握った。美代子は束を抱え直し、壇の方へを起こした。
マイク越しの声が、講堂に響いた。
「商学部経営A学科、笠原誠郎」
けれども、壇へがってくる者はいなかった。
役は周囲を見回し、もう1度マイクにを寄せた。
「商学部経営A学科、笠原誠郎君。壇へおがりください」
それでも、席は空いたままだった。
卒業たちのに、ざわめきが広がった。誰かが隣の者に誠郎の居所を尋ね、誰かが議そうに首をかしげていた。
美代子の顔から血の気が引いた。
寛治は妻のを覆うように握りしめたが、自分のがかすかに震えていることにも気づいていた。
式が終わったのは1130分だった。
広告
ガウンを着た卒業たちが、波のように講堂のへ流れてきた。
寛治と美代子は、講堂の階段のにち、てくる学の顔を1ずつ確かめた。黒いガウン、角、束、笑い声。どの顔も若く、れやかだった。
けれど、そこに誠郎はいなかった。
1が過ぎても息子は現れなかった。先にをいたのは美代子だった。
「もう1度、講堂のへってみましょう。もしかしたら、ろの方に座っていて、てこられないだけかもしれませんから」
寛治は黙ってうなずいた。2は再び講堂のへ入った。
式のの講堂は、先ほどまでの気が嘘のように静まり返っていた。清掃の職員たちが、に落ちたびらやパンフレットを片付けている。
その、寛治が講堂の最も奥、隅の席でを止めた。
そこには、の子と何も変わらないの子が1つ置かれていた。けれど、そのに何かがきちんとえられていた。
4つに折り畳まれた黒い卒業ガウン。そのに、丁寧にねられた角。角の黒いは、揃えての方へ垂らされていた。
ガウンと角のには、商学部の卒業に発されたガウン返却確認票が、いとなって挟まれていた。
誰かがひどく落ち着いたつきで、まるで何事もなかったかのように片付けておいたものだった。
美代子はその子を見た瞬、の力が抜け、そのにへたり込んだ。
「これ、うちの誠郎のです。私には分かります」
彼女は震える指で、ガウンの袖を示した。