"判を押さない妻" 第2話
「の黒いを、しれて追ってください」
運転は瞬だけ驚いた顔をしたが、何も聞かずにをした。
正則のが止まったのは、駅向こうの古いアパートだった。律子はタクシーのから、息を潜めて見ていた。
しばらくすると、アパートの階段から若い女がりてきた。腕にはさな男の子がまとわりついている。次に現れた正則は、その男の子を抱きげた。
見たこともない顔で笑っていた。
律子が30見てきた夫とは、まるで別だった。
3はくの公園へ向かった。律子は距を保ちながら、そのを追った。
「お父さん、こっち、こっち」
女の声がの公園に響いた。
お父さん。
その言が、30の結婚活を音もなく砕いた。
正則は男の子を肩し、何度も笑っていた。律子には度も見せたことのない、柔らかな顔だった。子どもを授からないと分かったに、律子の隣で緒に泣いただった。「あなたと2ならそれでいい」と言ってくれただった。
その同じが、よその女と子どもを育てていた。
に帰った律子は、玄関にしゃがみ込んだまま、しばらくちがることができなかった。靴を脱ぐことも忘れ、たい玄関のにをついた。
その夜、正則はいつも通り帰ってきた。
「疲れた。呂、沸いてるか」
いつも通り呂に入り、いつも通り夕をべ、いつも通り布団に入ると、すぐにいびきをかいた。
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律子は井を見つめたまま、朝までもできなかった。
問い詰めようか。
荷物をまとめてていこうか。
あのアパートに乗り込もうか。
ので何回も修羅を演じた。けれど夜け、律子はふとに返った。
どれを選んでも、傷つくのは自分だ。
そして笑うのは、あちらだ。
その翌週、律子は役所の無料法律相談にを運んだ。
相談には、篠田という50代の女性弁護士が座っていた。律子が通り事を話すと、篠田は穏やかな声で尋ねた。
「婚なさりたいのですか」
律子は膝ので両を握った。
「決めかねています。私が婚を断ったら、どうなりますか」
篠田はしを乗りし、丁寧に説した。
「ご主のように、自分で貞をしておいて婚を求める側を、責配偶者といいます。責配偶者からの婚請求は、奥様が拒否される限り、裁判所も簡単には認めません」
「つまり……」
「婚するかしないかを決める権利は、奥様、あなたの側にあります」
律子はさく息をんだ。
「私の側に」
「はい。それから別居なさっても、婚姻費用として活費を請求できます。相の女性とご主それぞれに慰謝料請求を検討することもできます。焦って判を押す必は、どこにもありません」
帰り、律子は川沿いをゆっくり歩いた。
悔しさで膝が震えた。涙が込みげる夜も何度もあった。
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けれどこの、胸のに座ったのは涙ではなかった。
泣いて騒げば、あの女のう壺になる。
私の武器は涙ではない。
そのから律子は、何もらない妻を演じ始めた。
笑って噌汁をし、笑って背広に袖を通させた。
1、正則が卓でをげる夜まで、ずっと。
告の夜から、の空気は奇妙なものになった。
正則はあのこので婚を迫った。最初は姿勢だった。次は泣き落とし。その次は脅しにい言葉になった。
ある晩、正則は夕に腕を組み、得げに切りした。
「弁護士に相談した。別居がく続けば、いずれ婚は認められるそうだ」
律子は湯呑みを置き、静かに夫を見た。
「あら、その弁護士さん、続きは言わなかった?」
「続き?」
「責配偶者の、何かかるかしらね」
正則は黙った。
実際には、正則の弁護士はこう言っていた。
「奥様が拒む限り、10単位の覚悟が必です」
その事実を、正則は律子に言えなかった。
方、駅向こうのアパートでは、別の催促が始まっていた。
「ねえ、いつ婚できるの?」
輪仁美は、蓮にスプーンで卵焼きを運びながら、正則の顔を見もせずに言った。
さな卓のには、蓮の皿と正則のために用されためかけの噌汁が置かれていた。アパートの壁はく、隣の部のテレビの音がかすかに聞こえていた。
「蓮、再来は幼稚園なのよ。
父親欄、どうするのよ」
「今、話をめてる。あいつがったよりでな」