"録音機が暴いた息子の本音" 第3話
茂は聞を広げたが、1ページもめくらなかった。子は朝を用したが、2とも箸をかすふりをしただけだった。
玄関で子は夫の革靴をそろえた。
「ってらっしゃい」
本当はかないでと叫びたかった。だが言葉は喉の奥で固まった。
夫は濃紺のスーツを着ていた。息子の結婚式のために仕てた、彼の番事なだった。そのれ着を着た夫は、なぜかひどくさく見えた。
「ってきます」
玄関の扉が閉まった。
その音が、子の胸に穴をけた。
そこからは待つだった。計の秒針が拷問のように響く。今頃バスに乗っただろうか。息子のマンションに着いただろうか。霞が作り笑いで迎えただろうか。
夕方8、子は耐えきれず、息子のへ話をかけた。
霞がた。
「お義父さんなら、今、さんと緒にご飯をいただいていますよ。話もちょうど盛りがっているところです。配なさらず、先に休んでいてくださいね」
話は切れた。
話が盛りがっている。
その言葉が、子のをさらにきくした。
夜9、10。夫は帰らない。録音が見つかったのではないか。何か変なことが起きたのではないか。子がコートを羽織った、玄関の鍵が回った。
そこにっていたのは、夫ではなかった。
夫の形をした抜け殻だった。
茂は壁にをつき、よろめきながら入ってきた。
広告
触れた体はののようにたかった。さらに、妙な匂いがした。鹸ではない。酸っぱくな、い匂いだった。
「茂さん、何があったの」
夫は目をわせなかった。
「疲れた」
それだけ言うと、スーツの着をソファに投げ捨て、浴へ向かった。脱いだを必ずハンガーにかける男が、自分の鎧のようなスーツをゴミのように放ったのだ。
シャワーの音が激しく響いた。
子はソファにづき、着の内ポケットを探った。指先にたい属が触れる。彼女はそれを握り、キッチンのテーブルへ運んだ。
古いイヤホンを差し、再ボタンを押す。
雑音のあと、霞の声が聞こえた。
「あら、お義父さん、いらっしゃい」
続いての声。
「パパ、ようこそ」
夫の声はさく沈んでいた。
やがて霞が言った。
「今の夕はでお寿司にしたんですけど、お義父さんはあまり脂っこいものはお好きじゃないですものね。私たち2のセットを頼んじゃったので、量が途半端で」
しを置き、彼女はるく続けた。
「あ、そうだ。蔵庫に昨作ったお噌汁の残りがしあるんです。それを温めて差しげますね。その方が体にも優しいですし」
子のが震えた。
息子夫婦は寿司をべ、老いた父には残り物の噌汁をすというのか。
録音ので、い沈黙が流れた。夫も、息子のも、何も言わなかった。
広告
やがて夫が絞りすように言った。
「それでいい」
子は目を閉じた。
その言葉は、夫の誇りがに落ちて砕ける音だった。
録音ので、寿司が届くチャイムが鳴った。
ビニールの包みをける音。と霞がテレビを見ながら「おいしいね」「トロがとろける」と笑いう声。その向こうで、夫が1、キッチンで噌汁をかき回すようなさな音が聞こえた。
子はイヤホンをしたかった。
けれど、指1本かせなかった。
やがて霞がキッチンへ来た。
「お義父さん、召しがりました?」
「ああ」
夫は嘘をついた。
「実は、今ご相談したいことはそれなんです」
霞の声がし変わった。
「お義父さん、どうか気分を害さないで聞いてくださいね。決して私たちがお義父さんを嫌っているとか、そういうことではないんです」
夫はく尋ねた。
「何が言いたいんだ」
「お義父さんがお帰りになった、このに匂いが残ってしまうんです」
子のが真っになった。
「ごじですよね。いわゆる、老臭というものが」
イヤホンを握るが震えた。
「私たちは慣れましたから平気なんです。でも来週、さんの会社の同僚を呼んでホームパーティーをく予定なんです。このソファに匂いが染みついてしまって、換気しても消臭スプレーをかけても、なかなか取れなくて」
子は、夫のスーツに染みついていた酸っぱい匂いの正体を悟った。
霞が吹きかけた消臭スプレーの匂いだったのだ。