"録音機が暴いた息子の本音" 第1話
あの夜、川子は自分のを疑った。
寝の向こう、夫のさな斎から、かすかな声が漏れていた。最初は聞き違いだとった。古くなったの配管が、夜になるときしむことがある。その音をの声と勘違いしたのだと、自分に言い聞かせた。
けれど違った。
テレビは消えていた。のはい眠りに沈んでいた。その静けさので、押し殺したような嗚咽だけが、たい壁を伝って子のに突き刺さってきた。
夫の川茂は、昭1桁まれの頑固な男だった。
10代で戦の焼け野原を見て、若い頃から族を背負って働いた。町が倒産し、に迷いかけたでさえ、彼は縁側で晩タバコをふかしただけで、涙など1滴も見せなかった。息子のが学受験に失敗したも、娘が婚して泣きながら戻ってきたも、彼はただ「飯をえ」と言っただけだった。
その男が、息子のから帰ってきた夜、子どものように肩を震わせて泣いている。
子は裸のまま廊を渡り、斎の扉にを当てた。い目の向こうから、夫の嗚咽がさな振となって伝わってくる。
「茂さん」
呼びかけても返事はなかった。
「茂さん、けて。何があったの」
ドアの向こうで、夫が息を潜める気配がした。子はえ切ったでノブを握り、何度も揺すった。
「息子ので何かあったの。
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の事業がうまくいっていないの。それとも、霞さんが何か言ったの」
嫁の霞の名をにした瞬、子の背筋にたいものがった。あの嫁なら、夫の誇りを傷つけるようなことを言ってもおかしくない。
しばらくして、ドアの向こうからか細い声が返ってきた。
「なんでもない」
「なんでもないのに、こんな泣き方をするものですか。けなさい」
「うるさい。ただ疲れただけだ。もう寝る」
その声は、ひどくかすれていた。
子はそれ以、ドアを叩けなかった。額をたいに押し当てると、い涙が頬を伝った。夫が泣いていることよりも、涯を共にした自分にすら、その傷を預けてくれないことがしかった。
その夜、子はもできなかった。
リビングのソファに体を丸め、斎の扉を見つめたまま、の空がむのを待った。
け方、斎の扉がそっといた。
茂は廊にち、洗面所へ向かった。子はソファからを起こし、リビングのかりをつけた。
「茂さん」
夫は顔を洗っていたを止めた。振り返った顔は青く、目は腫れ、充血していた。まるで徹夜で誰かに殴られ続けたような顔だった。
「なんで起きているんだ。寝ろと言っただろう」
「寝られるわけないでしょう」
子の声は震えていた。
「余計なことを考えるな。寝ろと言ったら寝ろ」
夫は乱暴にタオルで顔を拭き、最まで子と目をわせなかった。
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その朝の卓は獄のようだった。
子は夫の好物であるアジのきを焼いた。豆腐と赤噌の噌汁も用した。だが茂は箸を持ったり置いたりするばかりで、魚を崩すだけだった。噌汁だけを薬のように気にすすり、乱暴に椀を置いて席をった。
子が受話器にを伸ばした。
「に話してみるわ。昨、何があったのか――」
その瞬、背から伸びた夫のきなが、子の首をくつかんだ。
「するな」
「茂さん」
「するなと言っている」
血った目は、りというより懇願にかった。首が痛むほどの力で握られているのに、夫は泣きそうな顔をしていた。
「頼む。子。親の面子をててくれ」
その言葉に、子はけなくなった。
数が過ぎた。
夫は以のように無な男に戻ったように見えた。朝は散歩をし、聞を広げ、斎で歴史説をいた。だが子には分かっていた。すべて演技だった。
聞は同じページのまま1もかない。テレビがついていても、画面ではなく壁のさな染みを見つめている。夜は眠れず、夜になると台所でをみ、また斎へ戻っていく。
事件から1週が過ぎた曜の午、話が鳴った。
子が受話器を取ると、息子の嫁、霞のるい声が聞こえた。
「義母さん、お元気ですか。実は今週末、さんがお義父さんとご相談したいことがあるんです。
ぜひ2でいらしてください」