"雨の美容室ローズ" 第1話
20036、埼玉県川の空には、来るも来るものがく垂れ込めていました。
梅に入ってからというもの、はほとんど休むことなくり続いていました。細いがアスファルトを濡らし、商の古びた庇からは、ぽたりぽたりと滴が落ちています。
駅から10分ほど歩いた古い商の角に、「美容ローズ」はありました。
の狭い2階建てのさなです。入には赤い庇がかかり、ガラス戸には1輪のバラの絵が描かれていました。もう何も塗り直していないのか、その赤はすっかりあせ、桃にい淡いになっていました。
このを1で営んでいたのが、宮しず子さん、52歳でした。
しず子さんはこの町でまれ、この町で育ったでした。若い頃に美容師の修を積み、30代の頃にこのを構えてから、20以、毎朝決まったにシャッターをげ、夕方になるとまたろす活を続けてきました。
町の女たちは、髪を切るためだけにローズへ来ていたわけではありません。
嫁姑のこと、子どものこと、ご所のいざこざ、夫へのさな満。誰にも言えない話を、しず子さんは黙って聞いてくれました。
「うん、うん」
しず子さんは、いつも穏やかに頷きました。
けれど、その話をへ漏らすことは決してありませんでした。気さくで世話好きで、の堅い。
広告
それが町のたちがをそろえて語るしず子さんの柄でした。
「ローズさんにくと、なんだか肩の荷がりるのよね」
所の主婦たちは、よくそう言っていました。
しず子さんには、かつて夫がいました。けれど夫は数に病でくなっています。子どもは1娘の美佐さんだけでした。
美佐さんはすでに成し、隣ので1暮らしをしながら働いていました。ですから、の奥で寝起きしているのは、しず子さん1だけでした。
それでも、しず子さんは寂しそうな顔をに見せたことがありません。
「1は気楽でいいわよ。誰にも気を使わなくていいんだから」
そう言って笑うしず子さんの顔を、町のたちはよく覚えていました。
その朝のことでした。
6半ば、曜の朝です。
隣で干物を営む老主の田所さんが、いつものようにのをぼうきで掃いていました。はまだっていましたが、先だけは掃いておかないと、濡れた葉っぱや細かなごみがすぐに溜まってしまいます。
田所さんは腰をし曲げ、濡れた面を掃きながら、ふと隣のローズに目をやりました。
ガラス戸の向こうにかりがついていました。
「おや、もうけてるのか」
田所さんは独り言のように呟きました。
しず子さんがをけるのは、いつも9過ぎです。まだ8をし回ったばかりでしたから、ずいぶんいでした。
広告
「しずちゃん、今はいね」
そのは予約客がく入っているのかもしれない。田所さんは最初、そういました。
ところが、いくら待ってものにのく気配がありません。
田所さんが自分のをけ、しばらく帳の準備をしてからもう度ローズを見ると、かりはついたままでした。けれど、ガラス戸の向こうはしんと静まり返っています。
かりはついている。
けれど、がいる気配がない。
それがどうにも気になって、田所さんはローズのガラス戸にづきました。
を覗き込んだ瞬、田所さんはわず息をのみました。
美容子の元に、切ったばかりらしい髪の毛がこんもりと落ちていました。鏡のの台には、ハサミと櫛が使いかけのまま置かれています。洗面台の縁には、まだ湿り気の残るタオルが、ぞんざいにかけられていました。
まるで、誰かの髪を切っている途で、だけがぴたりと止まってしまったようでした。
「しずちゃん。おい、しずちゃん、いるかい」
田所さんはドアを叩きました。
返事はありません。
そっとドアにをかけると、鍵はかかっておらず、横へ滑るようにきました。
田所さんはおそるおそるへ入りました。
「しずちゃん」
内には誰もいませんでした。
奥のさな台所にも、2階へ続く階段のにも、声をかけながら探しました。
2階の部にがると、布団は几帳面に畳まれていました。