"パリへ発った妻の代償" 第8話
第2回の調で、俊子側は貞の事実を認めた。
慰謝料はほぼ請求通り。
無断解約された定期預1200万円についても返還が決まった。
自宅の帰属についても争いにはならなかった。誠郎の単独名義であり、ローンも誠郎が全額返済している。貞為の責配偶者が俊子であることもきかった。
9旬、婚届が正式に受理された。
45と数ヶの結婚活が、1枚のので終わった。
役所の窓で続きを済ませた、誠郎は駅の蕎麦に入った。もりそばを1枚頼み、ゆっくりべた。特別な考えがあったわけではない。
ただ、蕎麦のがよく分かった。
つゆの汁。
麺の腰。
薬のネギのり。
そういう1つ1つが、舌のではっきりじられた。
瀬の方でも、事態はいていた。
匠と妹のまゆが申してた遺産分割調は、広にとって厳しいものになった。匠が税理士として作成した資産覧表は、広がき妻の遺産を計画に流用していたことを数字で示していた。
パリのアパルトマン購入は止になった。
付300万円の部は戻らず、広の自己負担となった。
最終に、匠とまゆは法定相続分に応じた額を取り戻した。
広は自宅を売却し、都内のワンルームマンションへ移ったという。
俊子との関係も、パリの話が消えた点で終わったらしい。
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結局、2をつないでいたのはではなくだったのかもしれない。
10のある曜、玄関のチャイムが鳴った。
インターホンに映っていたのは匠だった。
半より顔が良く、目のの隈も消えていた。には菓子の袋をげている。
「くまで来たので寄りました。萩のです。に藤堂さん、好きだっておっしゃっていたので」
「覚えていてくれたのか。ありがとう。好物なんだ」
リビングに通すと、匠は庭の葉を見つめた。
「きれいですね」
「35に植えたでね。まだ男がさかった頃、緒にスコップで穴を掘ったんだ」
2は茶をみながら、萩のをつまんだ。
匠がし慮がちに尋ねた。
「藤堂さん、最どうですか。お1で寂しくないですか」
誠郎は庭を見た。
葉の葉が朝に照らされ、赤やのを透かして揺れている。
「寂しくないと言えば嘘になるな。45だからね。朝起きた、台所に誰もいないのは慣れるのにがかかった。夜、テレビを見ていて、つい『おい、これ見たか』って声をかけそうになることもある」
匠は黙って聞いていた。
「でもね、たくさん」
誠郎の声に、し温かみが増した。
「議なものだよ。俊子がいなくなってから、朝のコーヒーがおいしくなった」
「コーヒーが、ですか」
「ああ。豆から挽いて、自分で入れる。1分だからこそ丁寧にできる。
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庭の葉がきれいに見えるようになった。散歩も楽しくなった。所のコーヒー豆へくのも楽しみになった。そういうさなことが、1つずつ増えていった」
誠郎は湯呑みを置いた。
「たぶん、ずっと気を使っていたんだとう。俊子がどううか、嫌を損ねないか、識していないつもりで、どこかで気を張っていた。あのがいなくなって初めて気づいた。ああ、俺はずっと窮屈だったんだなって」
匠はすぐに言った。
「遅くないですよ。70歳からだって、しいことは始められます」
その言葉は、まっすぐだった。
匠が帰った、誠郎は駅のカルチャーセンターへ向かった。
彩画教の体験に申し込んでいた。
皮肉な話だ。
俊子と広が会ったのも、カルチャーセンターの絵画教だった。
しかし、誠郎はもうそのことを気にしなかった。
俊子の物語と、自分の物語は別のものだ。
同じ所にっても、見える景は違う。
教でを持ったのは何ぶりだった。柿を描くつもりが、みかんのようになった。それでも楽しかった。
い通りにならないことが、むしろ面かった。
帰り、所の田さんと会い、教の話をした。
「今度作品を見せてくださいね」
「とても見せられるようなものじゃありませんが」
2で笑った。
何でもない会話だった。
けれど、に帰る取りは軽かった。
夕方、誠郎は1分の夕を丁寧に作った。
噌汁の汁を引き、焼き鮭を用し、松菜のおひたしを添える。
誰かにべさせるためではない。自分のために作る事だった。
テーブルに座り、箸を揃える。
「いただきます」
誰もいないリビングに、誠郎の声が響いた。
半は、その静けさが胸に刺さった。
今は違った。
この声は自分のものだ。
この卓は自分のものだ。
このは自分のものだ。
この朝も、夕暮れも、夜も、全部自分のものだ。
70かけて、ようやくたどり着いた静かな自由だった。
窓のでは、庭の葉が夕に照らされていた。
の朝もコーヒーを入れよう。
豆から挽いて、丁寧に。
それから散歩にて、彩画教に持っていくスケッチブックを買おう。
やりたいことが、しずつ増えていく。
それは70歳の男にとって、いがけない贈り物だった。
誠郎は噌汁をすすり、静かに目を細めた。
い結婚活は終わった。
だが、はまだ終わっていない。
7かけてようやくに入れた、自分だけの静かな自由。
それはもう、誰にも奪えないものだった。
― 完 ―