"消えた3506号室" 第1話
羽田空港の到着ロビーは、曜の朝らしい喧騒と、旅を終えた々の堵が入り混じった空気に満ちていた。
10の豪華なヨーロッパ旅から帰国したばかりの井拓也と、妻の弓は、スーツケースを引きながら波を抜けた。弓の腕には、旅先で買ったばかりのブランドバッグがかかっている。疲れはあったが、2の顔には満ちりた幸福が浮かんでいた。
「ああ、疲れた。でも本当にみたいだったわね、あなた」
弓が軽やかに言った。その声には、パリのシャンゼリゼ通りで見たイルミネーションの余韻がまだ残っているようだった。
拓也は元をしげた。
「ああ。ローマのコロッセオも圧巻だったな。親父たちも、まさか俺たちがヨーロッパにいるなんてにもってないだろうな」
父の秀夫には、事な阪張。弓の実には、義母の病を伝う。2はそれぞれ違う嘘をついていた。帰国、疲れた顔で「変だったよ」と言えば、優しい父は「そうか、ご苦労だったな」と労ってくれるはずだった。
タクシーは港区岸通りにそびえる40階建てのタワーマンションへ向かった。ここは、正確には父の秀夫が全財産をして購入した終のまいだった。拓也たちは慣れたつきでエントランスを抜け、コンシェルジュに軽く会釈し、エレベーターで35階へがった。
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「お義父さん、ちゃんと事してるかしら」
弓がしだけ気にするように言った。
「丈夫だろ。もう70歳のいいなんだから、自分のことくらいできるさ」
拓也の声には、父への配慮よりも、面倒を避けたい本音がにじんでいた。
3506号のに着くと、拓也はポケットから鍵をした。だが、鍵穴に差し込もうとしたが途で止まる。
鍵穴があるべき所には、にるデジタル式のキーパッドが取り付けられていた。以の古いシリンダー錠は、も形もない。
「あれ?」
拓也が眉をひそめる。
「どうしたの、あなた」
「鍵が変わってる」
弓も審そうにドアを見た。拓也は以の暗証番号を押した。子音が虚しく響くだけで、ドアはかない。もう1度、弓の誕でも試したが結果は同じだった。
その、内側から鍵がく音がした。
ゆっくりとドアがく。
っていたのは、父の秀夫ではなかった。Tシャツにスウェット姿の、30代半ばほどの見らぬ男だった。
「どちら様ですか?」
その言葉に、拓也と弓の考は完全に止まった。
「ここは井秀夫ののはずですが。私たちは、その息子夫婦です」
拓也がようやく声を絞りすと、男は「ああ」と何かい当たったように頷き、部の奥へ声をかけた。
「おい、君が言ってたたちかもしれない」
やがて、エプロン姿の女性がてきた。
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女性は気まずそうに微笑み、内にあったい封筒を2へ差しした。
「お父様から、これを預かっています。息子さんが訪ねてきたら必ず渡してほしいと」
拓也は震えるで封筒を受け取った。表には、見慣れた父の字で、しかし見たこともないほどたくい跡で「拓也へ」とかれていた。
封を破り、の便箋を広げる。
そこには、万でかれたい文章があるだけだった。
このは私のだ。だから私の好きにしたまでだ。これからはおたちで勝にきろ。2度と会うことはない。
その文を読んだ瞬、弓はさく鳴をげた。
拓也は、元から世界が崩れていく覚に襲われた。
旅のわずか10に、父のに体何が起きたのか。
物語は、この残酷な宣告がされる2かへと遡る。
井秀夫の1は、京の空がまだいに沈む午4半に始まる。
目覚まし計は必なかった。区の裏で30、さなラーメンを切り盛りしてきた体には、夜けの仕込みのリズムがく刻み込まれていた。
ベッドから静かにを起こし、きしむ関節をさする。古びたスリッパにを通し、息を殺して寝のドアをける。廊はインクを垂らしたように暗い。だが秀夫の取りに迷いはなかった。
数までは、この、の厨で煮干しと昆布のりに包まれていた。
鍋からちる湯気ので、麺を茹でる準備をしていた。今はそのを、息子夫婦のための朝作りに注いでいる。