"多摩川に沈んだ食堂" 第2話
異変が起きたのは、そののことだった。
10のある曜、朝7を回ってもオンスク堂のシャッターはりたままだった。
オンスクはいつも、誰よりもくをける女性だった。朝6にはもう厨にっていた。汁を引き、米を研ぎ、そのの魚を仕込む。シャッターを半分だけげ、湯気のつ厨でち働く彼女の姿は、商の朝の見慣れた景だった。
それが、そのはなかった。
最初に気づいたのは、隣の乾物の野だった。
のを掃除しながら、野は首をかしげた。
「オンスクさん、寝坊でもしたかね」
曜は定休ではない。の曜の夜まで、オンスクはいつも通りをけていたはずだった。
その、野はまだく気に留めなかった。齢も齢だ。たまには疲れがることもある。そう考えて、そのは通り過ぎた。
ところが、曜になってもシャッターはがらなかった。
曜も同じだった。
さすがに野はになった。引き戸を叩いてみる。返事はない。2階のまいを見げて、「オンスクさん」と呼びかけてみたが、窓は閉まったままで、の気配はなかった。
3もを閉めるなど、これまで1度もなかった。
野は嫌な予を抱えたまま、商のれにある駐所へ向かった。
野町の駐所は、商を抜けた角にあるさな建物だった。
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赤い灯のついた板ので、駐の巡査が1、机に向かって類をいていた。
「すいません。ちょっと相談があるんですが」
野は事を話した。
隣の堂の主が3も姿を見せない。鍵はかかったまま。の気配もない。これはどうもおかしいのではないか。
巡査はすぐに野とともに堂へ向かった。
引き戸にはしっかり鍵がかかっていた。裏に回ってみても、勝も施錠されている。窓ガラスは割れておらず、こじけられた跡もない。から見る限り、誰かが押し入った様子はどこにもなかった。
警察はから鍵を借り、ち会いのもとでのへ入った。
ひんやりとした空気が淀んでいた。
厨はきれいに片づいていた。洗った器は布巾のに伏せて並び、鍋もザルも磨きげられている。もまたをけるつもりで、いつも通り夜の片づけを済ませた。そんな様子だった。
2階のまいは、6畳のつましい部だった。
畳のには畳んだ布団、さなちゃぶ台、古いテレビ。壁には絵も写真もなく、ただカレンダーが1枚かかっているだけだった。
押し入れをけると、わずかな類がきちんと畳まれて入っていた。
そしてちゃぶ台の引きしから、財布との通帳、印鑑が見つかった。財布のには現がそのまま入っていた。
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通帳も印鑑もつかずで残っている。
巡査は眉をひそめた。
を隠すにしても、逃げるにしても、は普通、を持っていく。財布も通帳も置いたまま、着の着のまま消えるなどいるものだろうか。
「これは、ちょっとおかしいですね」
巡査が呟いた。
野は暗い顔で頷いた。
その、警察は捜索を始めた。事件と事故、両面から調べがめられた。
隣への聞き込みがわれた。向かいの履物、2軒先の菓子、商のたち。だが、オンスクの方をる者は誰もいなかった。
曜の夜までにいたことは確かだった。しかし、そのどこへったのか、誰も見ていない。
「夜逃げってわけじゃないだろうね」
誰かがそう言った。
「いや、それはない」
野はきっぱり否定した。
「あのが夜逃げなんかするもんか。借だってないし、を放りすようなじゃない」
しかし、捜査がむうち、ある見方が警察のでしずつ力を持ち始めた。
李恩淑は、自らので姿を消したのではないか。
理由は、彼女の素性にあった。
オンスクはの国から逃れてきた女性だった。過を切語らず、族関係もほとんど分からない。本での関係も限られていた。そうした事が、警察の判断を曇らせた。
「ああいうのだからね。何か事があって、また別の所へ移ったんじゃないか」
「そのうち、ひょっこり帰ってくるかもしれない」
そんな声が、警察のにも町のにも広がっていった。
けれど、オンスクは帰ってこなかった。