"5500億を動かした手" 第3話
「よかった。本当に良かったです。どうかお事にしてください」
「ありがとう。君は……」
「気にしないでください。今はご自分の体のことだけを考えてください」
その、彼女が腕計を見た。顔がさっと変わる。
彼女は鞄をつかみ、1度だけ島の方を振り返ってをげると、全速力でりっていった。
品のパンプスがアスファルトを叩く乾いた音が、ざかっていく。
名すら聞けなかった。
けれど、あのさなのぬくもりだけは、島の胸にく焼きついた。
救急を見送った、志宮リンカは全力でっていた。
今は初勤のだった。
児童養護施設で育ち、卒業はコンビニの夜勤務と居酒のホールを掛け持ちしてきた。里親のさよにしでも楽をさせたい。そので働き続け、ようやくつかんだ正社員の仕事だった。
品のパンプスがにい込む。
それでもリンカは止まらなかった。
商を駆け抜け、すれ違うに肩がぶつかるたびに「すみません」と叫んだ。喉は焼けるように痛み、息はがっている。
梅ヶ丘支の自ドアが見えた瞬、リンカは計を確認した。
835分。
5分遅刻だった。
その5分が、すべてを壊した。
応接で解雇を告げられ、退職申請にサインしたリンカは、泣かなかった。ロビーを歩く、員たちの線が背に刺さった。
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カウンター越しに先ほど案内してくれた女性員へさく会釈し、そのまま自ドアをくぐった。
にはのがあった。
けれど、リンカには何も見えていなかった。
どこへ向かうわけでもなく、だけが勝にいた。品のパンプスがの裏にい込み、痛みがる。
その痛みが、かえってありがたかった。
痛みに識を向けていれば、のことを考えずに済むからだった。
宅へ入り、さな公園のを通りかかった、リンカはを止めた。
ベンチのそばで、さな女の子が泣いていた。3歳か4歳くらいだろうか。両で目をこすりながら「ママ」と繰り返している。
周囲にの姿はなかった。
リンカは気づいたには膝をついていた。
「どうしたの」
「迷子になっちゃった……」
女の子が涙でぐしゃぐしゃの顔をげた。
リンカは優しく笑った。
「丈夫だよ。お姉ちゃんが緒にママを探してあげるから」
さなを握ると、細い指がぎゅっと握り返してきた。
その触に、リンカの胸がさく痛んだ。
ほどなくして、公園の入に青ざめた若い母親が駆け込んできた。
「すみません。この子の母親です」
女の子は「ママ」と叫んでりし、母親の胸へび込んだ。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「よかったです」
リンカは笑顔で答え、公園をた。
そしてを1つ曲がり、通りのない細いに入った瞬、が止まった。
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壁にをつき、そのままずるずると座り込む。
膝が面につく触も、スカートが汚れることも、もう気にならなかった。
リンカは声を殺して泣いた。
「なんで……」
やっとつかんだ仕事だった。
何も諦めずに働いてきた。
夜けの空を見げながら、いつかきっと、と自分に言い聞かせてきた。
さよに、やっと楽をさせてあげられるとっていた。
「お母さん……ごめん」
どれくらい泣いただろう。
気づいた、空のがし変わっていた。
リンカはゆっくりちがり、スマートフォンのカメラで自分の顔を確認した。目は赤く、頬には涙の跡が残っている。
何度も呼吸をした。
角をげる練習をした。
古い造アパートの2階、突き当たりの部のにつ。さな鉢には、さよが毎をやっているが咲いていた。
リンカは1度だけ目を閉じ、ドアをけた。
「おかえり。どうだった」
台所から、割烹着姿のさよが顔をした。68歳。性腎全を抱えながらも、こののために朝から料理を作って待っていてくれたのだろう。部には優しい匂いが広がっていた。
リンカは笑った。
「ただいま。うん、優しいたちばかりで楽しかったよ」
さよの顔がほころんだ。
「そう。よかった。ご飯作って待ってたのよ」
「ありがとう、お母さん」
リンカは、母に配をかけまいと笑顔を作り続けた。
方、島は病院で検査を受けていた。
診断は、脈による失神。