"5500億を動かした手" 第1話
「初から遅刻か。話にならないな。即刻解雇だ」
梅ヶ丘支の応接に、支・昼孝介のえ切った声が響いた。
目のにっていた若い女性の肩が、かすかに震えた。
彼女の名は志宮リンカ。24歳。児童養護施設で育ち、卒業はアルバイトをいくつも掛け持ちしながら、ようやくの正社員という切符をつかんだ員だった。
リンカは唇を結び、震える息をえてからをげた。
「申し訳ございません。実は来る途、駅でが倒れていて……」
「言い訳はいい」
リンカが事を説しようとした瞬、昼の声がそれを遮った。
昼は机のに置かれた履歴へ線を落とした。指先での端を押さえながら、そこにかれた学歴と経歴を確認する。
卒。
施設。
その文字を見たから、この男のでリンカの処遇は決まっていた。
昼は顔をげ、く笑った。
「初から遅刻。言い訳。社会としての教養がなっていない。うちのようなで働くには、最初からし無理があったんじゃないか」
リンカの拳が、スカートの布をきつく握りしめた。
それでも彼女は、目をそらさなかった。
「1つだけ聞かせてください」
「まだ何か言うのか」
昼の眉がそうにいた。
リンカは顔をげ、静かに尋ねた。
「もし駅で誰かが倒れていたら、支は素通りするんですか」
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応接の空気が、瞬で凍った。
ドアの向こうには、数の員が息をひそめている気配があった。けれど、誰もへ入ってこない。昼の圧力のでは、誰も声をげられなかった。
昼はしばらくリンカを見ろしていたが、やがて机の引きしを乱暴にけた。
「おと話すことはもうない」
そう言って、1枚の類をリンカのへ滑らせた。
「ここにサインして退しろ」
リンカは類を見つめた。
退職申請。
胸の奥で何かが崩れる音がした。それでも彼女はペンを取った。指先は震え、文字はし歪んだ。
サインを終えると、リンカはペンを置き、くをげた。
「変お世話になりました」
昼はで笑った。
「初から遅刻なんぞするからだ」
たった5分の遅刻。
それはリンカを切り捨てるための実にすぎなかった。
だが、昼はらなかった。
彼女が駅で助けた物の正体を。
そして、その物が翌、この支全体を震えがらせることになるとは。
その朝、梅ヶ丘駅へ向かう並を、黒いセダンが静かにっていた。
のが宅の根を柔らかく照らし、桜のびらがアスファルトのをくるくるとっている。パンからは焼きたてのばしい匂いが漂い、コーヒーショップのには勤の々が列を作っていた。
部座席で窓のを眺めていた男は、島達也。
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56歳。
ファイナンシャルグループの実質なオーナーであり、の投資ファンドを通じて数千億規模の資産をかす物だった。
しかし、その見から彼の正体を見抜けるはまずいない。
くたびれたベージュのジャケット。あせたスラックス。物の革靴。髪交じりの髪もえすぎず、すれ違う々のくは、彼を定のさえない男だとって通り過ぎるだろう。
それは偶然ではなかった。
島は、あえて飾らない姿を選んでいた。
飾りをまとったには、飾りに向けた言葉しか集まらない。肩きをしたにこそ、そのの本当の空気が見える。
それが島の信条だった。
「、今の予定は」
運転席の誠が、バックミラー越しに静かに応じた。42歳。20以島に仕え、その性を誰よりも理解している秘である。
「午は梅ヶ丘支の定期確認。午は本部との半期会議です。支には例によって事連絡を入れておりません」
「それでいい。連絡を入れた途端、連は全力で取り繕う。抜き打ちで見るのが1番正直だ」
島は窓のへ線を戻した。
「いいだ。飾らない等の暮らしが息づいている」
「だからこそ、この支に資産をお預けになっているわけですね」
「ああ。もっとも、支の連は俺の顔をらん。座名義はKTキャピタルだ。
島達也の名はどこにもていない」
はさくうなずいた。