"昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」" 第7話
働くの名
子は、報を読み終えると、受取の欄を指でなぞった。母親の名のに、紹介所の所がかれている。母親は自分で報を打ったのではないかもしれない。誰かに文面を教えられ、言われるまま送った能性もある。
「子さん、あなたが働くかどうかは、あなたが決めていい。に送る額も、料を受け取ってから決めよう」
私はそう言った。だが、それを聞いた子はすぐにした顔にはならなかった。
「母には、私が京で働くことをずっと待ってもらいました。弟の学費もあります。私が送らなかったら、困るといます」
「送るなとは言っていないよ。いくら働いて、何にいくらかかるのかってから、自分で決めていいと言っているんだ」
千代は、子のに温かい茶を置いた。彼女は母親の言い分も分かると話した。自分も若いころ、実へ仕送りをしていた。夫婦のが苦しかった期には、実からを借りたこともある。族を助けるのは悪いことではない。けれど、誰かがに入って、本の料を先に決めてしまうのは違う。
翌朝、私は紹介所へ話をかけた。話交換に何度かつないでもらい、ようやく担当者と話ができた。彼は、族へ直接送するという約束を誰がしたのからないと言った。仲介が「送の続きを伝う」
広告
と説した能性はあるが、料をどこへ送るかは本ので決めることだという。
「雇用通の名は、漢字まで確認してありますか」
担当者は、話題を変えた。
「はい。類には本子とあります」
「名簿はカタカナで、ヤマモトハルコです。以、同じ読みの子を紹介した記録があります。そちらに古い通が混じっていないか、確認してください」
私は、子と子を見た。担当者は、古い記録を調べ、折り返すと約束した。
そのの昼、紹介所の男がへ来た。名は久保田。子が言うには、、彼女の京の続きをしただ。彼は雇用通を受け取るなり、漢字を確かめずに鞄へしまおうとした。
久保田が帰ったあと、の話が鳴った。職業定所の担当者からだった。古い記録を調べたところ、子の帰郷届には、本がいた署名がなく、紹介所の担当者が代したと分かる印がついていたという。ただ、その印が誰のものかはれて読めない。私は、類の端に自分の署名があることをいした。帰郷を確かめる欄に、私は「本確認済み」といていた。駅で見送った覚えも、子に会った覚えもない。担当者は、まず原本を見せてほしいと言った。私は、の物置にしまったままの控えを探すと約束した。話を切ったあと、子は「そのに、姉さんの名もあるんですか」
広告
と尋ねた。まだ分からない、と答えると、彼女はそれ以聞かなかった。彼女の名を巡る類が、族のでどれほどくいていたのか、もう約束だけでは片づけられない。
「それは子さんの類です」
私が言うと、久保田は笑った。
「読みが同じなら、続きに支障はありません。料の送も、こちらで族へ渡します。今までどおりです」
「子さん本は、その方法に同していません」
久保田は、子に向かって「君も族のために働くんだろう」と言った。子は、すぐには答えなかった。彼女は仕送りを拒みたいわけではない。弟が学へ通い続けるために、できるだけのを送りたいとっている。それでも、いくら稼いだからないまま、別のに送額を決められることには納得できなかった。子は「族のために働くことと、自分の料をらなくていいことは違います」と言った。
「族が同しています。学の先も承している」
子は、机のの類を自分のへ引き寄せた。
「私は、まだ何も決めていません」
久保田の笑顔が消えた。
「京で働くなら、そういうことはに任せておきなさい」
私は、雇用通を元に戻した。
「本の名とを確認してからです」
戸が閉まったあと、千代は子に「怖かったら、仕事を断ってもいい」
と言った。子はし考え、「怖いけれど、働きたいです」と答えた。久保田の説が嫌だからといって、仕事そのものまで諦めたくはない。彼女はへを送りたいし、京で暮らしてみたい。その希望を、の都にわせて引っ込めるつもりはなかった。私は、彼女が自分のを自分の言葉で話すのを、初めて聞いた。
久保田は返事をせず、をた。戸が閉まると、子がさく息を吐いた。
「姉のときも、同じが来ました」
久保田が帰ったあと、子は帳で、の納帳を眺めていた。自分の料からへ送る額を決めるに、の売や仕入れのを見せる必はないと私は言った。だが子は、「に送るおが、どこからるかっておきたい」と返した。千代は、料袋を渡すに、働いた数と引かれる費用を緒に確認する方法を提案した。子はそれなら納得できると言った。
その夜、紹介所から話があった。の記録には、本子が「帰郷」とある。だが、富美子の記録は見つからない。かわりに、子の名で支払われた与が、別のへ移ったあとも続いていたという。