"昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」" 第1話
ふたりの子
「本子さん」
ホームの柱には、京のや商の名がかれた札が並んでいた。迎えに来たは、札のに集まる子どもを見分けようと、学名やを何度も尋ねている。私はの札を握り直した。までなら、紹介所から話で聞いた名を呼び、返事をした子を連れて帰ればよかった。ところが、今はが同に返事をした。齢も、学も、もい。ホームのざわめきので、私は初めて、名簿のだけでを受け取ることの怖さをじた。
野駅のホームで名を呼ぶと、学の女が、同にを挙げた。
昭353。青森から着いた集団就職列の窓には、い息を曇らせた若者たちの顔が並んでいた。ホームにりた子どもたちは、荷物を抱えたまま、迎えのが持つ会社名のを探している。私は駅の柱の横で、みのり堂といた札を掲げていた。
先にづいてきたのは、頬の丸い女だった。胸に抱いた呂敷には、学の名が縫い込まれている。
「本子です。今からお世話になります」
そのろで、もうの女が私を見ていた。はしに見える。髪をので切りそろえ、黒い鞄を両で持っている。
「私も本子です」
彼女はそう言って、鞄から枚のをした。私が持っていた雇用通には、カタカナで「ヤマモトハルコ」
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と印刷されている。読みは同じだが、にかれた名は「本子」。最初に来た女の名は「本子」だった。
「あなたも、うちで働くのか」
「いいえ。私は仕事を探しに来たんじゃありません。姉を捜しに来ました」
子は、に京へた姉の富美子から、最に届いた葉を差しした。宛名のには、みのり堂の所がかれている。私はその字を見て、にしていた札をしげた。
みのり堂は、浅からしれた商にあるさなそばだ。夫婦でを切り盛りし、昼だけ所のから客が来る。、妻の千代が腰を痛めてから、洗い物との準備をするがりなくなった。の階に空いている部はひとつ。求票も枚しかしていない。
ホームには、会社の名をいたを持つが何もっていた。到着した子どもたちは、らないの顔を見て、呼ばれる名を聞き漏らすまいとしている。私は、みのり堂がを雇うと決めたから、誰が来るのかを気にしていた。千代の腰はまだ治っていない。正を学へ送りすに、をけるのもきつい。は必だった。けれど、働きに来た子の名を違えるほど、慌てていたわけではない。そうっていた。
「この葉は、いつ届いたんですか」
「のです。
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姉は、ここで働いているといていました。でも、返事をしても戻ってきません。には、姉が帰ったというらせが来たそうです」
駅の名簿にの名が並んでいたわけではない。私の元にあるのは、の採用通ひとつだけだった。紹介所が読みげたのは、どちらも「ヤマモトハルコ」。漢字が違うと分かるのは、がを見せてくれたからだ。もし片方がを持っていなければ、私は同じ名の子としてまとめてしまったかもしれない。
の顔ちは似ていない。子はまだ頬にあどけなさが残り、子は目のにいがあった。けれど、名の読みだけは同じで、とも同じあいの学を卒業している。子の紹介状には今の付、子の古いにはの付がある。駅員に聞けば、子は青森で次の列を待つつもりだったらしい。京へ来る切符は、姉の葉にあった所を確かめるため、持ちのをやりくりして買ったという。
子は、私と子の顔を交互に見た。自分が働きに来たに、別の女が姉を捜しに来た。そのを、まだ測りかねているようだった。
子は、姉の名がるとっていなかったようだった。彼女には兄弟がいるが、京で働いている者はいない。子の話を聞くほど、自分のでも同じように誰かがれていく能性があるとじていた。
京で働くことは、にいるときより自由になることばかりではない。族が何を聞き、何を信じるのか、れてからは確かめるのにもがかかる。
「お姉さんの名は」
「本富美子です」
私はの帳面をいした。の、青森の学から来た子がいた。富美子という名だった。働いたのは、うちではない。紹介所を通じて、所の裁へ入ったはずだ。だが、富美子の葉がうちを宛先にしている理由は分からない。
「今はもう遅い。とも、まずへ来なさい。子さんは部を見て、それから働くか決めればいい。子さんは、葉のことを千代にも見せてくれ」
子が呂敷を持ち直した。子は、すぐには歩きさなかった。
「姉が本当にここにいたか、確かめてくださいますか」
私は「分かった」とは言えなかった。葉の所がここでも、富美子を見つけられるとは限らない。けれど、彼女を帰す理由もなかった。
列が到着したあとも、ホームには迎えを待つ子どもが残っていた。会社のは名を確かめ、荷物の数を数え、来た者を順番に連れていく。親と緒に来た子は、改札ので何度も振り返っていた。私の札を見つけた子たちは、まずの顔を見て、それからさくをげた。こちらも受け入れる側として、ちゃんと名を呼び、き先を説しなければならない。
そう考えていたのに、が同じ読みを名乗った途端、私は類のほうばかり見ていた。
駅の改札へ向かう途、子がさく尋ねた。
「で働けるのは、私ひとりですか」
私は答えられなかった。雇用通には、ひとり分の名しかなかった。