"「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの" 第11話
夫の梅干し
翌の午、蛇田さんは本当にぶらでやってきた。
「いらっしゃい。がってください」
「静子さん、改めてごめんなさいね」
「もう謝るのは、昨で終わりにしましょう。今はお茶をんでください」
私は、夫が使っていた湯のみをひとつ棚からした。蛇田さんはそれを見て、し目を細めた。
「ご主の湯のみ?」
「ええ。にくなってから、使わずに置いていました」
「そうだったのね」
「蛇田さんも、ご主をくされてから半ほどですよね」
「そう。主がいなくなったは、音がなくなるのよ。朝、聞を取りにく音も、台所で咳払いをする音も、もう聞こえない。誰かが来ると、のにの声が戻るでしょう。それが嬉しかったの」
「お菓子を配ると、名を呼んでもらえるから」
「そう。私は、あのたちに必とされている気がしたのよ」
蛇田さんは、湯のみを両で包んだ。
「最初は、ちゃんとおを払っていたの。でも、みんなに配るのが習慣になってしまって、途でやめられなくなった。『今は何を持ってきてくれたの』と聞かれることもあって、それに応えたくて」
「受け取る側は、そこまで考えていなかったのかもしれませんね」
「そうね。みんな悪いじゃない。私も、無理をしているって言えなかった。言ったら、かわいそうなだとわれそうで」
広告
私は、台所の隅にあったさな缶をした。には、夫が好きだった梅干しがしだけ残っている。
「この梅干しは、、蛇田さんからいただいたものです。最のひとつを事に取っていました」
「そんなに切にしてくれていたの?」
「本当においしかったんです。夫も、これをべると『今も蛇田さんの梅干しがべられてよかった』と言っていました」
蛇田さんの目に、涙が浮かんだ。
「主も、あなたのご主も、もういないのね」
「ええ。でも、好きだったは残っています」
しばらくで、梅干しの話をした。漬け方や塩加減、干すの気。蛇田さんの声は、しずつ以の調子を取り戻していった。
「来、梅を漬ける気持ちはありますか」
「まだ分からないわ。主がいないのに、作っても仕方がないとっていたから」
「私は楽しみにしていますよ」
「静子さん、あなたは受け取ってくれるのね」
「はい。蛇田さんが無理をしていないものなら、んでいただきます」
蛇田さんは、しばらく黙った、うなずいた。
「来はしだけ漬けてみようかしら。たくさん配るためじゃなくて、自分がべる分と、べたいと言ってくれるの分だけ」
「それがいいといます」
「静子さん、あなたはどうして、私にそんなことを言えるの?」
「私も、で暮らしているからかもしれません。寂しさは分かります。
でも、寂しさを埋めるために、自分を苦しめなくてもいいんです」
蛇田さんは、湯のみを置いた。
「そうね」
その、蛇田さんは何も持たずに帰った。玄関で「また来てもいいかしら」と聞かれたので、私は「いつでもどうぞ」と答えた。
今度は、お菓子を配るためではなく、お茶をむために。