"二十通の辞表" 第13話
角の霊と閉ざされた扉
方で、黒岩に従って辞表を叩きつけたの板たちにも、過酷な現実が容赦なくりかかっていた。
事件からヶが過ぎたの初旬。
かつて綾瀬楼で煮方を務めていた代の男・は、繁華の裏にある衆居酒の面接を終え、うなだれて通用からてきたところだった。
「うちじゃ雇えないよ。綾瀬楼でクーデターを起こして、仕入れの横領に加担してた連だろ? 料理のじゃ、あんたたちの悪名、隅々までれ渡ってるんだよ」
主から浴びせられた淡な拒絶の言葉が、の奥でこびりついてれなかった。
これで、軒目の採用だった。
最初は「俺たちは名・綾瀬楼で腕を振るってきたベテランだ」「どこへっても引くあまたに決まっている」とをくくっていた。しかし、現実はあまりにも残酷だった。
子玄先をはじめとする鎮たちが全国の料理ネットワークに事実を通達したため、まともな料亭や割烹は、彼らの履歴を見た瞬に払いをらわせた。それどころか、衆チェーンや居酒ですら、「プライドばかりくて若をいびり、を裏切るような問題分子」を雇うリスクを徹底して避けたのだ。
はポケットにを突っ込み、ため息をついた。
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残されたの仲たちも、状況は同じだった。
妻に逃げられ、婚届を突きつけられた者。宅ローンの返済が滞り、自宅を売りにさざるを得なくなった者。雇いの解体現や夜の皿洗いのアルバイトで、まみれになりながらいつないでいる者。
、綾瀬楼という格式い板のにあぐらをかき、自らの技術を磨く努力を怠ってきたツケが、気に回ってきたのだ。彼らが持っていたのは「老舗のブランド」という借り物の虎の威であって、自分自の本物の実力ではなかった。
気骨を折られたのは、無識のうちに、かつての職である綾瀬楼へと向かっていた。
夕暮れ、美しく掃き清められた料亭の。
料亭の黒板塀の向こうからは、品な番汁のりと、若い板たちの活気ある掛け声が漏れ聞こえていた。
「——おい、じゃないか」
の脇の垣のに、同じように汚れたジャンパーを着た元同僚の板が、所なげにち尽くしていた。
「おも……ここに来ちまったのか」
「ああ……。どこへっても雇ってもらえねえ。……なあ、もう度若女将に座して頼み込んでみないか? 雑用でも、掃除係でもいいからって……」
その、料亭の派な扉が静かにき、材の仕入れから戻ってきた佐藤君が姿を現した。
かつて自分たちが「使い物にならない見習い」
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と嘲笑い、夜まで過酷な仕込みを押し付けていた青。
しかし、今の佐藤君の姿は、以とはまるで別のようだった。
糊のきっちりと効いた清潔なをまとい、その胸には『副料理』の文字が誇らしげに刺繍されている。顔つきは精悍に引き締まり、目には確かな自信と充実したが宿っていた。
「あ……佐藤……!」
がわず声をかけると、佐藤君はを止め、驚いたようにこちらを見た。
「さん……それに、皆さんも……」
「佐藤! 頼む、おから若女将にを利いてくれ!」
たちは恥も聞もなく駆け寄り、佐藤君のの袖に縋り付いた。
「俺たちが悪かった! おをいじめたことも、仕込みを押し付けたことも、座して謝る! だから若女将に、もう度だけで使ってくれって頼んでくれ! このままじゃ、俺たち本当に野垂れんじまうんだ!」
みっともなく涙を流し、すがりついてくるかつての先輩たち。
佐藤君は、その乱れた姿を静かに見つめ、それからゆっくりと、しかし毅然としたつきで、彼らのを自分の袖からした。
「申し訳ありませんが、それはできません」
「な……なんでだよ! 同じ厨で働いた仲じゃねえか!」
「仲、ですか?」
佐藤君の瞳に、静かなりといしみが宿った。
「僕のの皮が剥けて血がているのを見て、ゲラゲラ笑いながら酒をんでいた、あなた方は僕を仲だとってくれていましたか? 汁をめてお客様を騙していた、料理としての仲を誇りにっていましたか?」
たちは言葉を失い、ぐうの音もなくなった。
「今の綾瀬楼には、料理をからし、お客様のために真剣に包丁を握る仲しかいません。若女将が命懸けで守り抜いたこの所に、あなた方を戻すわけにはいかないんです」
佐藤君は々と礼すると、度も振り返ることなくのへと戻り、い扉をカチャリと静かに閉ざした。
たいが吹き抜けるで、男たちはただ、自分たちが失ってしまったもののきさに打ちのめされ、膝から崩れ落ちるしかなかった。