"二十通の辞表" 第11話
百の歓声と割れる拍
広を仕切る襖の向こうから、波のようなざわめきと嘆の声が漏れ聞こえていた。
百名もの財界の鎮や政界の鎮たちが集う広。料理が品運ばれるたびに、会の空気は静かな緊張から、圧倒な狂へと変わっていった。
「伊勢老の丹焼き、がりました!」
「鯛の造り、氷敷きの入れ完です!」
厨では、名の流料理たちが神技のような際で次々と仕げを施していく。焼きを担当する座『松乃井』の総料理が炭の加減をうちわつで見切り、赤坂『千代田』の板が揚げ油の微かなねる音だけで最の揚げがりを察する。
かつて黒岩たちが支配していた頃のような、号や鳴り声は切ない。あるのは、互いの腕を信頼し、最の瞬をお客様の舌へ届けるための、静かでい呼吸のなりいだけだった。
「佐藤、次のお造りのあしらい、おがやれ」
子玄先が、に佐藤君を指名した。
「えっ……ぼ、僕がですか!?」
目を丸くして固まる佐藤君の背を、私はそっと押した。
「佐藤君、落ち着いて。昨夜、何百匹もの魚を引いたのの覚をいして」
「……はい!」
佐藤君は震えるで包丁を握り直した。指先にはまだ昨夜の豆が痛々しく残っていたが、根のツマを敷き、透き通るような鯛の造りを扇形に美しく盛り付けていくそのつきには、迷いがなかった。
広告
材の繊維を押し潰さず、角をたせた見事な包丁さばき。
その仕がりを横から見つめていた子先が、満そうにひとつ頷いた。
「筋が良い。飾り気のない、実直な良い刃筋だ。惣郎殿の若い頃をいすな」
「ありがとうございます……!」
佐藤君の頬を涙が伝ったが、今回は拭おうともせず、ただひたすらにを向いて盛り付けを続けた。
午半。最の甘である自製栗きんとんと抹茶が運びされ、百名すべての宴席の膳が引きげられた。
その直だった。
広の襖がにきくけ放たれ、仲居が息を切らして厨へと駆け込んできた。
「若女将! 子先! お客様方が、今夜の料理全員に広へ顔をしてほしいと仰っています!」
「え……?」
「商会議所の会様をはじめ、皆様が総ちになってお待ちです!」
私は子先と顔を見わせ、それから姿の料理たち、そして佐藤君を促して、広へと向かった。
名を超える料理たちが広の入りに並び、礼した瞬——。
ワッ、と割れんばかりの万の拍が、広を包み込んだ。
「素らしい! こんな本物の懐料理をいただいたのは何ぶりだ!」
「汁のみが違う。に含んだ瞬、臓腑に染み渡るようだった!」
先に座っていた髪の会がちがり、私に向かって々とをげた。
広告
「若女将……惣郎さんのが、いや、惣郎さんの志が、完全に蘇りましたな。ここ数、綾瀬楼の料理にはどこか濁りをじて寂しいいをしておったが……今の料理には、材への敬と、客を慈しむが満ち満ちておった。からしたよ」
「もったいないお言葉でございます」
私がをげると、子先が歩へみて、朗々たる声で言った。
「皆様。今宵の献を組み、すべての仕込みを指揮したのは、わしではございません。そこにつ綾瀬楼の代目、蒼井先でございます」
広にどよめきがった。
「さらに、昨夜の過酷なごしらえを最まで蒼井先とともにやり遂げたのは、見習いとして汗を流してきたこの佐藤健太という若き料理です。綾瀬楼の伝統は、決して絶えてなどおりませぬ。この若き者たちのによって、今、しくまれ変わったのでございます」
再び湧き起こる、鳴りのような拍と歓声。
佐藤君はで顔を覆い、しゃがみ込みそうになるのを必に堪えていた。
客席の温かい笑顔と賞賛の嵐ので、私はを仰いだ。
おじいちゃん、見ていてくれた?
綾瀬楼の簾は、守られたよ。本物の料理をするたちのによって、今、しく始まったよ——と。