"二十通の辞表" 第10話
の厨と黄の番汁
通用の扉が閉ざされた瞬、厨の空気は変した。
静寂の、にを包んだ名の流料理たちが、私の図を待つように線を向けている。
私はたすきをキュッと締め直し、調理の央へとった。
「皆様。本は綾瀬楼の百の節目となる、極めて切なお席でございます。お集まりいただいた皆様の技とお力をお借りし、先代がした本物の本料理を、お客様へお届けしたいといます。どうぞよろしくお願いいたします!」
「おおっ!」
厨に鳴りのような威勢の良い返声が響き渡った。
座『松乃井』の総料理が焼きにち、赤坂『千代田』の板が揚を担当する。本料理界のオールスターとも呼ぶべき豪華な布陣が、糸乱れぬ連携でそれぞれの持ちへと散っていった。
調理台の脇では、見習いの佐藤君が、まだ信じられないといった様子で目を黒させていた。
「わ、若女将……本当に、僕もここにいていいんでしょうか……? 周りの方々、料理雑誌の表を飾るような先ばかりで、が震えて……」
私は佐藤君のにち、彼のの襟元を優しくえてあげた。
「何を言っているの、佐藤君。昨夜、私と緒に百の仕込みを最までやり切ったのは誰? あの美しい番汁の鰹節を、指の皮が剥けるまで削りげてくれたのは誰だったかしら」
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「あ……」
「あなたが引いてくれた汁のりを、子先が先ほど見されて、何と仰ったとう? 『清らかで、淀みのない、素らしい汁だ』って、目を細めて褒めてくださったのよ」
佐藤君のきな瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。昨夜までの悔し涙ではない。自分の注いできたが、初めて正当に認められたびの涙だった。
子玄先が、鍋のにち、杓子で黄の汁をすくいげた。
「佐藤と言ったな」
「は、はいっ!」
「良い汁だ。雑が切ない。削り節のみと、昆布をから引きげるタイミングを完璧に得ておる。……胸を張れ。今、この厨で最も尊い仕事をしたのは、おと蒼井先だ」
「あ……ありがとうございます……っ!」
佐藤君はくをげ、の袖で涙を拭った。
午。
料亭の玄関に、次々と黒塗りのハイヤーが横付けされ始めた。
元選の臣、財界の鎮、代々綾瀬楼に通い詰めてくださっている茶の元たち。百名の招待客が、華やかに飾り付けられた広へと案内されていく。
厨には、切の無駄がなかった。
包丁がまな板を叩くリズミカルな音、炭ので脂の乗った伊勢老がパチパチと弾ける芳、揚げ油の気よい澄んだ音。
「菜、がります! の吹き寄せ、丹波栗の渋皮煮と子持ち鮎の馬煮!」
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「お椀、いきます! 名残鱧と松茸の瓶蒸し、汁を張ってください!」
私が司令塔として盛り付けの最終確認をい、佐藤君が焼きから届く料理を素く配膳用の折敷へと並べていく。子先が最の皿まで鋭い目をらせ、完璧な温度と美しさで仲居たちへと渡されていく。
号や罵声で支配されていたかつての厨とは、まるで別世界だった。
お互いを信頼し、技術を尊び、お客様ののために全神経を集させる、本物の料理たちの聖域。
午を回った頃、広から戻ってきたベテラン仲居の顔が、潮していた。
「若女将! 変です!」
「どうされましたか? 何か際でも……?」
私が駆け寄ると、仲居は満面の笑みで首を激しく横に振った。
「違います! 旦様の代から通われている商会議所の会様が、お椀の蓋をけた瞬に涙ぐまれて……『これだ、このりだ。惣郎さんのが、完全に蘇った』って、絶賛されているんです! 広のお客様が、お料理のごとにため息をついてんでいらっしゃいます!」
厨のに、静かな、しかし確かな歓の笑みが広がった。
佐藤君が顔を覆ってさく震え、子先が満そうに元を緩めた。
綾瀬楼の百周記宴会は、創業以来かつてないほどの絶賛との渦ので、その幕をけようとしていた。