"二十通の辞表" 第9話
に堕ちた虚栄と無の払い
パトカーのサイレンが完全に聞こえなくなった、通用のたいアスファルトのには、震えるの板たちだけが取り残されていた。
彼らの顔からは、今朝までの傲な笑みも、若女将を見していた余裕も、完全に消えっていた。
誰かがポツリと漏らした。
「おい……黒岩さん、本当に逮捕されちまったぞ……」
「横領だけじゃない、レシピの売却まで……俺たち、あんな犯罪者の片棒を担がされてたのか……?」
「それより、俺たちの退職届はどうなるんだよ!? 本当に受理されちまったら、俺たち今から無職だぞ!」
恐怖とパニックが、瞬くにのに燃え広がった。彼らのくは代から代のベテランだ。、綾瀬楼という流の板にあぐらをかき、しい技術も学ばず、若を鳴りつけることしかしてこなかった男たち。今さら放りされても、再就職先などどこにもない。
煮方の男が、いつくばるようにして私の元へと擦り寄ってきた。
「わ、若女将……! 申し訳ありませんでした! 俺たち、全部黒岩さんに脅されて、逆らえなかっただけなんです!」
それを図にしたかのように、全員が斉に面に額を擦り付け、座の姿勢を取った。
「お願いします、若女将! 辞表を撤回させてください! 退職届を取り消してください!」
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「俺たちには養わなきゃいけない族がいるんです! 宅ローンもあるんです! 料理をクビになったら、に迷ってしまう!」
「何でもします! 皿洗いでも、雑用でも、料を半分に減らされても構いません! どうか、どうかに残してください!」
涙とを流しながら、額を面に打ち付けて懇願する男たち。
昨、広で私に対して「座しろ」「泣きっ面晒して許しを請え」と品に嘲笑っていた者たちの、あまりにも見苦しい変貌ぶりだった。
私は歩もかず、ややかに彼らを見ろした。
「ちがりなさい」
私の静かな声に、男たちがすがるような期待の目を向けて顔をげた。
しかし、私の瞳のにあったのは、慈など微も含まれていない、絶対零度の拒絶だった。
「あなた方は、黒岩に脅されていたと仰いましたね。……では、毎晩夜まで見習いの佐藤君に過酷な仕込みを押し付け、を腫らし、泣かせながら嘲笑っていたのも、黒岩に脅されていたからですか?」
板たちの息が、ピタリと止まった。
「客です料理の汁をめ、質の落ちた材を平然とし、『客の舌など誤魔化せる』と笑いっていたのも、誰かに脅されていたからですか?」
誰として、答えられる者はいなかった。
「あなた方は、料理としての誇りを自ら捨てたのです。料理をする若者を踏みにじり、を裏切り、お客様を欺いた。
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その罪のさを、のせいにして逃げられるとでもっているのですか?」
子先が、ろから々しい取りでみてきた。
「見苦しいぞ、叩きげの面汚しどもめ。己ので辞表を叩きつけておきながら、形勢が利と見るやに額を擦り付けるか。料理のを志す資格すら貴様らにはない。とっとと失せろ」
国宝の声が、男たちの胸郭を抉った。
私はに持っていた枚の辞表のコピーを、彼らの目のに静かに落とした。
「辞表は、すでに正式に受理いたしました。撤回は切認めません。本以、綾瀬楼の敷内に歩でもを踏み入れたは、建造物侵入として直ちに警察へ通報いたします」
私は通用のい鉄扉にをかけた。
「度と、綾瀬楼の敷居を跨がないでください」
バタン。
たい属音とともに、通用の扉が完全に閉ざされた。
カチャリと内側から鍵がかかる音が響いた瞬、のアスファルトからは、絶望に暮れる男たちの慟哭と罵声が漏れ聞こえてきた。
だが、私のにはさざ波ひとつたなかった。
腐りきった過を完全に切り捨てた厨には、今、本物の料理たちの気と、澄み切った番汁のりが、満ち溢れていた。