"二十通の辞表" 第5話
閉ざされた通用と酷な宣告
午。
れの清々しい空気の、黒岩をはじめとするの板たちが、綾瀬楼の勝へと集まってきた。
彼らの顔には、昨夜の酒の気だるさと、自分たちが完全に優位にっているという品なさが満ち溢れていた。
「おいおい、今頃あのお嬢ちゃん、厨ででシクシク泣き腫らしてるんじゃねえか?」
「昨の夜、話の本も寄越さなかったのは笑えたな。を張って助けを呼べなかったんだろ」
「座だけじゃ許さねえぞ。まずはにを擦り付けさせて、そのあと料のベースアップの覚にサインさせなきゃな!」
黒岩はタバコをふかしながら、胸ポケットから従業員用のICカードを取りし、通用の子錠センサーにかざした。
ピッ。——ブブーッ。
鈍いエラー音が鳴り響き、赤ランプが点滅した。
「あ? なんだこれ。……おい、反応しねえぞ」
黒岩が眉をひそめ、もう度カードをく押し当てたが、無質な拒絶音が鳴るばかりで、扉の鍵はびくともかなかった。の板たちも自分のカードをかざしたが、全員エラーになる。
「おい、どうなってんだ! 械が壊れてんのか!?」
「くけろ! 仕込みににわなくなってもらねえぞ!」
板たちが通用の頑丈な鉄扉をドンドンと力任せに叩き始めた、そのだった。
広告
カチャリ、と内側から静かに鍵がされ、ゆっくりと扉がいた。
現れたのは、板ではなく、格式い黒留袖を寸分の隙もなく着こなした私だった。髪を夜会巻きにきっちりと結いげ、凛とした佇まいで彼らを見据える。
「おはようございます、皆様。朝くからお揃いで、何かご用でしょうか」
私の涼しげな挨拶に、黒岩は苛たしそうに舌打ちをした。
「用も何もねえだろ! 鍵が壊れてやがるんだよ! ほら、くそこをどけ! ……それともなんだ、昨の返事をここで聞かせてくれるのか? 座の準備はできたのかって聞いてんだよ!」
取り巻きの板たちも、卑た笑いを浮かべて私の背に線を投げた。
「おい蒼井、泣いて許しを請うなら今のうちだぞ! あともすりゃ客が入ってくるんだからな!」
私はに持っていたい類の束に線を落とし、静かに、そして広に響き渡る凛とした声で言い放った。
「いいえ。皆様にお伝えすることは、ただつです」
私は枚の面を掲げた。
「昨、皆様から提していただきました退職届通——先ほど、社会保険労務士および法務部を通じて、すべて正式に受理いたしました」
瞬、周囲のが止まったかのような静寂が訪れた。
々の葉が擦れう微かな音だけが響く、黒岩が呆然とをけた。
広告
「……は? 受理……? おい、何ふざけたこと言ってんだ。あれは脅しに決まってんだろ! 受理するわけねえだろ!」
「脅しであろうと何であろうと、署名と捺印がなされた正式な退職届です。昨夕のうちに退職続きをすべて完させ、皆様の社会保険の喪失続きも申請いたしました。本この瞬をもちまして、皆様は綾瀬楼の従業員ではございません」
私は歩も引かず、徹な瞳で彼らを見据えた。
「よって、当の敷内へのち入りを固く禁じます。速やかにお引き取りください」
「じょ、冗談だろ……!?」
ろに控えていた板たちから、気に揺の声が吹きがった。
「おい総料理! どうなってんだよ! 話が違うじゃねえか!」
「俺たち、本当にクビになったのか!? おい、今の宴会はどうするんだよ!」
取り乱す部たちをに、黒岩は引きつった顔で唾をばしながら私に詰め寄ろうとした。
「がり抜かしやがって! 百の懐料理だぞ! 素の娘と、使い物にならねえ見習いのやで、どうやって料理をすってんだ! 宴会は失敗、綾瀬楼の板は今で終わりだ! おはを潰した罪として、悔することになるんだぞ!」
黒岩が狂ったように勝ち誇った声を張りげた、そのだった。
カツ、カツ、カツ。
私の背の厨の廊から、澄んだ音がづいてきた。
「——やかましいわ、この愚か者が」
静寂を切り裂くような、くな威厳に満ちた声が響き渡った。
通用の扉の奥から、純の調理にを包んだの老が、静かに姿を現した。
その引き締まった顔ち、研ぎ澄まされた、そして胸に糸で刺繍された『玄』の文字。
その姿を界に捉えた瞬、黒岩の息が喉の奥で詰まり、顔面からサーッと血の気が引いていった。
「な……な……っ!?」
黒岩の膝が、ガクガクと音をてて震え始めた。
「か、子……玄……先……!?」
本料理界の最峰にして、国宝の指定を受ける伝説の料理——子玄そのが、静かにそこにっていた。