"二十通の辞表" 第2話
老舗の簾を蝕む黒い
計の針を、半のへと巻き戻す。
、綾瀬楼の代目社としてを率いてきた私の祖父・惣郎が、全で突然この世をった。代で名声をめた偉な祖父の遺言にかれていた継者の名——それが、孫娘である私、綾瀬蒼井(あおい)だった。
両親をくに事故でくしていた私は、幼い頃から祖父のひとつで育てられた。けれど、伝統と格式、そして古い因習が濃く残るの料亭社会において、歳の若い女性がトップにつことへの当たりは、像を絶するものだった。
特に反発をめたのが、厨をく牛ってきた総料理の黒岩だった。
「おいおい、現の苦労もらん娘が、くなった旦の遺言ひとつで社面とは笑わせるぜ」
就任直の調理での朝礼。黒岩は板たちを背に従え、腕を組んで私を見ろした。
「いいか、お嬢ちゃん。魚の枚おろしもできねえようなド素はな、黙って奥の部でハンコだけ押してりゃいいんだよ。厨の聖域に、女の浅恵でを挟むんじゃねえ」
取り巻きの古参板たちも、クスクスと馬鹿にしたような笑いを漏らしていた。彼らにとって、料亭の厨は男だけのであり、そこに踏み込もうとする若い女など、格好の鬱憤らしの対象でしかなかったのだ。
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私は反論せず、ただ静かに礼してそのをやり過ごした。
なぜなら、祖父がくなる直、病で私のを握り締めながら遺した言葉が、胸の奥にく刻まれていたからだ。
『蒼井……すまない。わしが目をらせておらぬに、厨の空気がすっかり濁ってしまった。黒岩は腕はつが、が卑しい。あの男はを私物化し、若い芽を摘み、をに変えようとしておる。だが、証拠もなく騒げば簾に傷がつく……。おが力をつけ、膿をし切ってくれ』
祖父が遺してくれた使い古された冊の『仕込み帳』。そこには、綾瀬楼の秘伝の汁の配だけでなく、材の目利き、適正な原価率、そして料理としての構えが、祖父の几帳面な跡で克に記されていた。
社就任からヶが経った頃、私は経理類を精査していて、らかな異常に気がついた。
夕方の休憩、私は仕込みのを止めて煙を吸っていた黒岩に、枚の伝票を差しした。
「総料理。先の仕入れ伝票を拝見いたしました。名物の鯛の昆布締めに使う真昆布の等級が、等検から等検に落とされています。それにもかかわらず、仕入れ値が以の・倍にねがっているのは、どういう理由でしょうか」
黒岩は皿に煙を押し付けると、伝票を瞥し、でせせら笑ってで払いのけた。
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「はっ! これだから素は困るんだよ。頃の級材の値がりをらねえのか? が荒れて昆布の収穫量が激減してんだよ。現の仕入れに素がを挟むんじゃねえ」
「ですが、等級を落としたに価格を吊りげるような業者とお付きいを続けるのは、お客様への裏切りになります。以の懇にしていた淡の乾物問へ戻すべきでは——」
「うるせえな!」
黒岩は鳴り声をげ、調理台をバンと平で叩いた。
「仕入れのルートは料理の専権事項だ! 品質が落ちたかどうかなんて、素の舌で分かるわけがねえだろ! 文句があるなら、自分で魚の匹でも捌いてから言いやがれ!」
周りの板たちも「そうだそうだ、女に何が分かる」「旦がいなくなったらこれだ」と々に囃してた。
私はそれ以何も言わず、静かに伝票を拾いげて厨をた。
板たちは、私が言い返せずに逃げしたのだとい込み、「やっぱりただの箱入り娘だ」と侮りをめていった。会議の程を私にだけ教えずに締めしたり、常連客からのアンケート用を握りつぶしたりと、嫌がらせは増しにエスカレートしていった。
しかし、彼らは何も分かっていなかった。
私がを卒業した歳から、この料亭に戻ってくるまでの、体どこで何をしていたのか。
祖父がなぜ、の親族を差し置いて、私を唯の継者に指名したのか。
その本当の理由に、彼らが気づく由もなかったのだ。