"卒業写真の空いた席" 第3話
卒業証を持って
卒業式の、佐伯澄の席には、卒業証を入れた筒だけが置かれていた。私はその筒を式のあいだ、膝のに載せていた。が卒業の名を読みげると、ひとりずつ返事をして壇へむ。佐伯澄の名を呼ぶ順番は、最から2番目だった。
返事はなかった。
教のろに座っていた母親は、式の途で度も顔をげなかった。隣の弟が、何度も母の袖を引いた。式が終わると、母親は私のところへ来て、証を受け取った。
「京で働くのは、本が決めたことです。の借もありますし、の子たちもいます。先に配してもらうことではありません」
言葉は丁寧だったが、線は私を避けていた。
「澄さんは、料を全部お母さんへ渡すなと言っていました」
母親のが、証の筒を握りしめた。
「そんなことを言ったんですか」
「私にそう言いました」
「あの子は何も分かっていないんです。でべてきたご飯も、弟の制も、誰が用したとっているんでしょう」
私は何も言えなかった。母親の声にりはあったが、疲れも混じっていた。夫が働けなくなり、借を抱え、娘を働きにす。その決断を、誰かが簡単に責められるものではない。
「川崎の坂さんという方は、ごじですか」
母親の顔が変わった。今度は、はっきり分かった。
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「りません」
「お姉さんの文子さんを京でっている方だそうです」
「文子のことは、もういいんです」
彼女は証を胸に抱えたまま、教をていった。私は追いかけなかった。のでは、卒業たちが族と写真を撮っている。澄の所だけが、何度撮り直しても空いたままだった。
その夜、私は職業定所から届いた類を読み直した。青葉縫製の求票には、の額と寮費が記されている。坂商事についての欄はない。紹介を受けた徒が、現で誰から活の説を受けるのかもかれていない。
翌、教が私の机に切符を置いた。
「京へくつもりか」
「澄さんに会います」
「学の張ではない。旅費はせないぞ」
「自分で払います」
教は、私のことを止めなかった。ほどたいではない。ただ、学の名をして会社に押しかけるのはやめろ、とだけ言った。
列が駅をてから、私は鞄のの証を何度も確かめた。筒は軽いのに、持っていると妙にくじる。通の向こうでは、が母親の握らせた包みをき、めたおにぎりをべていた。窓際の女は、膝のの名札を指でなぞっている。彼らもまた、自分の名と仕事先だけを頼りに、らない町へ向かっていた。誰かが駅で待っていることを信じて。
私は卒業証を持って、夜列に乗った。
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内には、同じように就職先へ向かう若者が何もいた。学の袖を引っ張り、袋を膝に抱え、眠れずに窓のを見ている。付き添いのはいない。駅に着けば、迎えのが待っていると聞かされているのだろう。
野に着いたのは、翌朝だった。私は職業定所で教えてもらった青葉縫製の所へ向かった。会社は、町が並ぶの奥にあった。表札には確かに「青葉縫製」とある。だが、は閉じ、窓には聞が貼られていた。
私はくの公衆話から職業定所へ連絡した。担当者は、会社が事業を縮したことはっていたが、しい作業の所は把握していないという。求票の会社がなくなったなら、本へ連絡がくはずだと彼は言った。けれど、澄には何の連絡も届いていない。私は話を切ったあと、駅の図を買い、墨田区から川崎までの線を指でなぞった。
隣の物の主が、荷物を運びす私を見て言った。
「そこなら、先から械がいてないよ」
「会社は移転したんですか」
「らないね。若い子たちは、坂って男のに乗せられて、川崎のほうへったよ」
私は帳をいた。荷札にかれた所と同じ町名だった。
そのとき、背から制姿の女が声をかけてきた。
「先、佐伯さんを捜してるんですか」
彼女は澄と同じ学ので、この町へ就職したという。
女は周囲を確かめてから、私のに枚のいを押しつけた。
「佐伯さんは、ここにはいません。でも、あのたちが名を変えて働かせている子なら、います」
には、寮の所と、ひとつの名がかれていた。
「文子さん」
私は、その名をにした。女はうなずいた。
「佐伯さんのお姉さんです。今も、京にいます」