みかん小説
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"生活費を奪って消えた母、20年後の再会で私が頼んだもの" 第5話

料の堂と「」の記憶

待ちに待った料の夜。

のタイムカードを押し、の封筒を胸ポケットに入れた父は、玄関で私のを取りました。

「美咲、今はでご飯をべるぞ」

「で……? するの?」

「ああ。料だからな」

父にを引かれて歩いた夜は、いつもより寒くありませんでした。 たどり着いたのは、駅商のれにある、赤提灯が灯った古い衆堂でした。 ガラスの引き戸には、『定 百円より』ときの冊が貼られていました。

ガラガラと引き戸をけると、油のばしい匂いと、汁の温かな湯気が私たちを包み込みました。 パイプ子に座ると、父はメニューのラミネートパウチを私に渡しました。

「好きなものを頼みなさい。今は料だ。美咲の好きなものを何でもべていいぞ」

私はメニューをい入るように見つめました。 カツ丼、オムライス、ハンバーグ定、醤油ラーメン。 どれも美しそうで、写真を見ているだけでお腹が鳴りそうでした。

「お父さんは何にするの?」

私が尋ねると、注文を取りに来たおばちゃんに向かって、父は静かに言いました。

「あ、俺はだけでいいです」

「……え?」 おばちゃんが怪訝な顔をしました。 私も驚いて父の顔を見げました。

「お父さん、頼まないの? 今はお料だよ?」

「俺はな、会社をるときに堂の親方にうどんを杯ごちそうになったんだよ。

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だから本当にお腹がいっぱいなんだ。美咲、気にしないで好きなのを頼め」

いつもの台でした。 けれど、今夜はおがないわけではないのです。 父の胸ポケットには、今おろしてきたばかりの料袋が入っているはずでした。

それでも父は、自分の分を頼もうとはしませんでした。 来もまた何があるか分からない。しでもくのおを美咲のために残しておかなければならない。 父のその張り詰めたいが、子どもの私にも痛いほど伝わってきました。

「……じゃあ、私、カツ丼にする」

「おう、カツ丼だな。すいません、カツ丼の盛りをお願いします」

父は笑って員さんに注文を通しました。

やがて運ばれてきたカツ丼は、い湯気をもうもうとてていました。 黄の卵がふんわりとカツを包み、甘辛いタレのりが腔をくすぐりました。 どんぶりを抱えるようにして、私は々のカツをに運びました。

「……おいしい!」

「そうか。うまいか。よかったな」

父は嬉しそうに目を細め、目のに置かれたたいおのグラスをに取りました。 そして、ゴク、ゴクと喉を鳴らしてをみ干したのです。

私はお箸を止め、番きくて肉なカツの切れを、皿へと移しました。 そして、その皿を父のへと差ししたのです。

「お父さん、べて。枚べてよ」

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「美咲、いいんだよ。おがべなさい」

「お父さんがべないなら、私、残すよ。半分こじゃないと美しくないもん」

私が真剣な目で睨みつけると、父は参ったなというように苦笑いを浮かべました。 そして、割り箸を取り、そのカツの切れをに入れました。

ゆっくりと噛み締めながら、父はを向きました。 内の裸球のをじっと見つめる父の目元に、キラリとるものが浮かんでいました。

「……うまいな。本当に、うまい」

掠れた父の声が、胸に刺さりました。 カツ丼をべ終えるまでの分、父はずっと私の向かいに座り、ただコップのを静かにに運びながら、私の学の話を聞いてくれました。

学で飼育しているウサギのこと。 図のに描いた絵のこと。 漢字のテストで満点を取ったこと。

私がひとつ話すごとに、父は「そうか」「偉いな」「よかったな」と、何度も何度も優しく相槌を打ってくれました。

堂をると、たい夜が頬を撫でました。 父のきなを握りながら、私は見げて尋ねました。

「お父さん、本当はお腹空いてたんじゃないの?」

父は夜空を見げたまま、しの沈黙しました。 そして、握り返すにしだけ力を込めて、穏やかに言ったのです。

「空いてたよ。……でもな、美咲がおいしそうに笑ってべてる顔を見られたから、それだけで胸がいっぱいになったよ」

その言葉と、父が静かに傾けていたコップののたさは、私の記憶の底に、消えない刻印のように刻み込まれました。

親が子に注ぐ、を削るような無償の。 その尊さをった私は、このから、母の記憶をしずつの奥底へと封印していったのです。

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