"母ちゃんへの三千円" 第13話
津軽の夜と残された宿題
病院の許をもらい、吉雄はその夜、母のベッドの脇のパイプ子に腰掛けて夜をかした。
弟と妹は所の親戚のに預け、病にはきりだった。
ストーブの炭がパチパチと爆ぜる音と、母の静かな寝息だけが暗い部に響いている。点滴の管を通して薬が体に入っていくにつれ、母の呼吸は夕方よりもずいぶん落ち着きを取り戻していた。
吉雄は鞄から、おかみさんが持たせてくれたアルミ箔の包みを取りした。
包みをくと、すっかりたくなったつのきなおにぎりが顔をした。かじると、おかみさんがたっぷりと握り込んでくれた鮭の塩気がいっぱいに広がる。
京をてから、丸が過ぎようとしていた。
昨の今頃は、田区の町で油まみれになって部品を洗い、銭湯でコーヒー牛乳をんでいたのだ。まるでい昔の来事のようにえた。
母がふと、目を覚ました。
「吉雄、腹減ってねえか……」
「おかみさんが持たせてくれたおにぎり、ってるところだ。母ちゃん、喉渇いてねえか? お茶淹れてくるか?」
「いい……丈夫だ」
母は暗い灯ので、吉雄の顔をじっと見つめた。
「吉雄のぇ……見せてみろ」
吉雄はためらいながら、を差しした。
指先には、親方が巻いてくれた包帯がまだく残っていた。
広告
包帯のないの甲には、あかぎれと擦り傷が無数にり、爪のえ際にはどんなに洗っても落ちない黒い械油が線のように染み付いている。
母はそのを両で取り、自分の頬にすり寄せた。
「すまねえな……吉雄。の子供に、こんなぇさせて……。本当なら、さかせてやりたかったのに……」
母の涙が、吉雄の傷にぽたりと落ちた。
「謝るなよ、母ちゃん」
吉雄は首を横に振った。
「俺、が嫌で泣いてるんじゃねえぞ。械の音はうるさいし、親方はるとゲンコツばしてくるけど……でもな、俺たちが削ったボルトが、幹線やオリンピックの柱に使われてるんだ。親方が言ってた。『本を支えてんのは俺たち職だ』って。俺、くになって、自分の旋盤持ちたいんだ。だから母ちゃん、にけなかったことなんて、回もんでねえよ」
母は吉雄の言葉を噛み締めるように、何度も、何度も頷いた。
翌朝、主治医が回診にやってきた。
聴診器を当て、母の胸の音を入に確認した医師は、穏やかな顔で吉雄を振り返った。
「もがって、は越えましたよ。若い男さんが京から駆けつけてくれたのが、番の薬になったようだね。あと週も入院してしっかり栄養を摂れば、退院して元の活に戻れますよ」
「本当ですか……! 先、ありがとうございます!」
広告
吉雄は々とをげた。胸の奥に詰まっていた氷の塊が、気に溶けっていくようだった。
そのの午、病院の受付に本の報が届いた。
宛名は『サカモト ヨシオ』。発信元は『トウキョウ オオサワ』だった。
恐る恐る片をいた吉雄は、そこにカタカナで打ち込まれた文面を見て、わず吹きしてしまった。
『ハハオヤ ダイジニシロ メシクッテ ハヤク モドレ センバンアケテ マッテル オオサワ』
(旋盤、空けて待ってる、だって……)
器用で、が悪くて、けれど誰よりも温かい親方の顔が、目に浮かんだ。
見習いの吉雄には、まだ旋盤を回す資格などないはずだった。それなのに、「旋盤を空けて待っている」といて寄越したのだ。それは、親方からの何よりの励ましであり、「おの居所はここにあるぞ」という約束だった。
「母ちゃん、見てくれ」
報を見せると、母は布団ので声をてて笑った。
「いい親方さんだ……。吉雄、もう配ねえから、く京さ戻りなさい。親方さんに恩返ししなきゃなんねえべ」
「うん。でも、母ちゃんがもうし元気になるまで、あとだけそばにいるよ」
吉雄は報を丁寧につ折りにし、お守りのように学の胸ポケットへと仕い込んだ。