"母ちゃんへの三千円" 第7話
い番茶と夜の灯り
夜のを回っても、の灯が消えることはなかった。
普段ならとうに作業を終え、呂へって飯をっているだった。しかし、今夜は誰として計を気に留める者はいなかった。
キュルルルル……と乾いた属音が響き、親方の研ぎ直したバイトが、見事な帯状の切りを削りしていく。
「よし……寸法、ぴったりだ。芯ブレもねえ」
武夫さんがノギスで測った数値を読みげると、張り詰めていた空気がほんのしだけ緩んだ。
「吉雄! 次の材料だ!」
「はい、ここにあります!」
吉雄は油をきれいに拭き取った鉄の丸棒を、両で抱えて差しした。袋の隙から染み込んだ切削油が皮膚を赤くただれさせていたが、痛みを気にする暇などなかった。
ガラガラ……との引き戸が静かにき、割烹着姿のおかみさんが入ってきた。
そのには、きなお盆に載せられたい番茶の入った湯呑みと、アルミの鍋が抱えられていた。
「みんな、ちょっとを止めなさい。体壊したら元も子もないよ」
「おかみさん……」
親方は振り返りもせず、「今いいとこなんだ、にしてくれ」とを振った。
だが、おかみさんはじなかった。作業台のの切りを箒でサッと払い、ドンと鍋を置いた。
「腹が減っちゃ、いい仕事もできないよ。沢製作所の職が、空腹でヘマやらかしたなんて世にれたら、そっちの方が恥ずかしいわ。
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ほら、吉雄ちゃんも、こっちおいで」
鍋の蓋をけると、ちるい湯気とともに、甘辛い醤油と姜の匂いがの油臭さを気に押し流した。
に入っていたのは、母で煮込んでくれた々のすいとんだった。麦をこねてちぎった団子に、参、根、ごぼう、それに僅かな豚肉の切れ端が入っている。
「……すまねえな」
親方は械のスイッチを切り、タオルで顔の汗を拭った。
男が作業台を取り囲み、い椀を受け取った。
吉雄は両で椀を包み込んだ。じんじんと指先から温もりが染み渡り、かじかんでいたのひらが息を吹き返していくようだった。
すいとんの団子をに運ぶ。もっちりとした歯ごたえと、野菜の汁が溶け込んだい汁が、空っぽだった胃袋を満たしていく。
「……うまいです、おかみさん」
吉雄の瞳から、わずポロリと粒の涙がこぼれ落ちそうになった。
故郷の母も、寒いの夜にはこうしてすいとんを作ってくれた。具はすいとんと根ばかりで、肉などめったに入っていなかったけれど、兄弟で鍋を取りって笑いったあの夜のが、いっぱいに蘇ってきた。
「吉雄ちゃん、おかわりあるからね。いっぱいおべ」
おかみさんは吉雄の細い肩にを置き、優しく微笑んでくれた。
親方は椀をあおり、最の滴までみ干すと、湯呑みの番茶を気に喉へ流し込んだ。
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そして、作業台の隅に置いてあった古い救急箱を引き寄せた。
から取りしたのは、赤チンとガーゼ、それにい包帯だった。
「吉雄、ぇせ」
「えっ……」
「ぇせって言ってんだよ」
親方は吉雄の油まみれのを乱暴に掴み取ると、あかぎれと切り傷で血のにじんだ親指をじっと見つめた。
「怪したら唾つけときゃいいなんてのはな、昼の話だ。夜に当てたら化膿してが腐るぞ」
親方は慣れたつきで脱脂綿に赤チンを染み込ませ、吉雄の傷にギュッと押し当てた。
「っ……!」
わず奥歯を噛み締めて声を殺す。
親方は何も言わず、傷に膏を塗りたくり、細い包帯をく巻きつけて、最は器用に指先で結んで留めてくれた。
無骨で、節くれった親方のきな。油と鉄の匂いが染み付いたそのは、昼にを殴りつけてきたのと同じだった。
「よし、これでもかせるな。……あと本だ。てめえら、付が変わるに片付けるぞ!」
「おうっ!」
耕平さんと武夫さんが力く応じた。
吉雄は包帯の巻かれた自分のを見つめた。赤チンのツンとした匂いが、なぜか母の拭いの匂いと同じように、温かく胸の奥に広がっていった。
夜の分。
最の本が削りがり、箱に収まった瞬、のには誰からともなく堵の笑い声が溢れていた。