"母ちゃんへの三千円" 第6話
散る夕暮れと折れたバイト
午のが終わり、に再びけたたましい械のうなりが戻ってきた。
がに傾き始めると、作業のにはの涼しさとは裏腹に、じっとりとした気が籠もり始めた。井から吊るされた裸球が黄いを落とし、いがる油煙をく照らししている。
このの目標は、朝の便で自メーカーの請けへ納める、特殊ボルト百本の切削を完させることだった。
「吉雄、ボーッとしてんじゃねえぞ! 仕がったやつからバリ取りして、箱に詰めてけ!」
武夫さんが旋盤の回転を止めずに叫んだ。
「はい!」
吉雄は箱を引き寄せ、のひらほどの平ヤスリを構えた。
削りされたばかりの属の縁には、『バリ』と呼ばれる鋭い突起が残っている。これをヤスリで本ずつ、滑らかに削り落としていくのが吉雄の役目だった。
素で触れれば指の腹をカミソリのように切り裂いてしまう。軍のからでも、削りたての鉄は傷しそうなほどを持っていた。
シャッ、シャッ、シャッ。
規則正しいヤスリがけの音が、の騒音の底でさく刻まれる。
吉雄は息を殺し、千分のミリの狂いも許さない親方の背を見つめながら、ひたすらをかした。首筋を伝う汗が目に入ってしみるが、袋は油で汚れているため拭うこともできない。
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午を回り、のがのに包まれ始めた頃だった。
キィィィィィィィン——!
突如、親方の旋盤から、これまでに聞いたことのない甲い鳴のような異音が響き渡った。
次の瞬、バチンッ! と乾いた破裂音が内に轟き、赤く焼けた鉄の破片がを散らしてコンクリートのを転がった。
「くそっ!」
親方が即座に元の非常止ペダルを踏み込んだ。
回転が止まり、のがを打ったように静まり返る。
「親方、どうしました!?」
耕平さんと武夫さんが慌てて駆け寄った。吉雄もヤスリを放りし、息を呑んで旋盤の刃物台を覗き込んだ。
親方が用していたスウェーデン鋼の価な切削バイト——鉄を削るための特特殊な刃物が、根元から無残にへし折れていた。回転させていた材料の芯が、の過によってわずかに狂い、刃先に無理な力がかかったのだ。
「……替えのバイトは、もう棚にねえぞ」
武夫さんが青ざめた顔で棚の引きしを漁りながら呟いた。
「どうすんだよ親方、の朝納品だぞ。あと本残ってる。今から問にったって、もうはどこも閉まっちまってる!」
「……騒ぐな」
親方は煙入れから『』を取りし、震える指先でマッチを擦った。
く煙を吸い込み、吐きした煙の向こうで、親方のさな目がギラリとった。
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「元にある鈍った刃物を、グラインダーで研ぎ直して使う。刃角は俺が目分量でわせる」
「研ぎ直すって……あの度を作業で研いだら、以かかりますよ!」耕平さんが鳴のような声をげた。
「やらなきゃ穴が空くだろうが! 沢製作所の板に傷がついたら、から仕事が来なくなるんだよ!」
親方の号がトタン根を震わせた。
親方は着を脱ぎ捨て、で汚れたランニングシャツ枚になると、の隅にある両グラインダーのスイッチを入れた。
ギャリギャリギャリギャリッ!
激しいが親方の胸元へ容赦なくり注ぐ。のが素肌に当たって焦げる匂いが漂ったが、親方は瞬きつせず、折れた属の先端を回転する砥へと押し当て続けた。
その背は、普段のうるさい親方ではなく、命を削って鉄と向きう本物の職の姿だった。
吉雄は胸の奥がくなるのを抑えられなかった。
「耕平さん、武夫さん! 僕、残りの材料の油落とし、先に全部終わらせて並べておきます!」
吉雄は叫ぶように言い、ドラム缶のへった。
自分にできることは、掃除と雑用だけだ。けれど、親方が再び旋盤のにった、秒も無駄にさせないように準備することならできる。
たい灯油のに両を突っ込み、凍えそうな指先でワイヤーブラシを狂ったようにかした。
夜の。研ぎ澄まされた刃物をにした親方が、再び旋盤のにった。
「くぞ!」
再び回転を始めた械の音に、誰として音を吐く者はいなかった。夜の町に、び散ると男たちの荒い息遣いだけが響き渡っていた。