"母ちゃんへの三千円" 第3話
油煙の匂いとんでくる拳
午半。
の壁に取り付けられた主源のきなレバーが、ガチャンと音をてて引きげられた。
ブォォォン……といモーターのうなり声がから響き渡り、井から吊りげられた無数のベルトが斉に回転を始める。
沢製作所の朝の稼働が始まった。
のにち込めるのは、ツンとを突く切削油の油煙の匂いと、鉄が擦れう焦げ臭い匂いだ。換気扇はさなものが壁につついているだけで、窓をけ放っていても、ものの分で空気がく濁ってくる。
親方と武夫さん、耕平さんのが、それぞれ受け持ちの旋盤のに陣取る。
親方が器用にレバーを操作すると、速で回転する鉄の丸棒に刃物が押し当てられ、バチバチとを散らしながら、青りする鉄の切りが帯状になって宙をった。
キィィィィン、ガガガガガッ!
をつんざくような属音が狭いに反響する。栓などという洒落たものは誰もつけていない。互いの声を聞き取るには、元で鳴りわなければならなかった。全メガネをつけている者もいない。切りがんでくれば、顔を背けて避けるのが当たりだった。
吉雄の仕事は、まだ械のレバーを握ることではなかった。
歳の見習いに与えられた役目は、削りされたばかりのい部品を台に積み、の隅にある洗浄へ運ぶこと。
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そして、灯油を満たしたドラム缶ので、ワイヤーブラシを使って油と切りを洗い落とす作業だった。
袋は軍だけだ。
たい灯油と油が軍に染み込み、指先の皮膚を容赦なく痛めつける。あかぎれで割れた傷に油が入り込むたび、わず息を止めるほどの激痛がった。
「痛ってぇ……」
わずを止め、腫れがった親指を見つめていると、背から突のような気配が迫ってきた。
ゴツンッ!
頂部に鈍い衝撃がり、吉雄はそのによろめいた。
見げると、油まみれのぬぐいを首に巻いた親方が、鬼のような形相で仁王ちしていた。げんこつを握りしめたが、まだりで震えている。
「ぇ止めてんじゃねえ! 遊んでる暇があったら、次のカゴ持ってこい!」
「す、すみません!」
「いいか、怪だの痛えだの、いちいち気にしてたら職なんざ務まらねえんだよ! そんなもん、唾でもつけときゃ治るわ!」
親方は唾を吐き捨てるように鳴ると、自分の旋盤へと戻っていった。
殴られたのてっぺんがジンジンとを持ち、涙が滲みそうになる。吉雄は歯をいしばり、作業着の袖で乱暴に目元を拭った。
職の世界では、取り取り仕事を教えてくれる親切な先などどこにもいなかった。「技は見て盗むもの」「体で覚えるもの」というのが絶対の掟だった。
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親方が刃物を当てる角度、材料の回転音の微妙な変化、削りされる切りの。
吉雄は油まみれの部品をブラシでこすりながら、盗み見るように親方の背を凝した。
あの元のわずかなきつで、千分のミリという目に見えない精度が狂ってしまうのだ。いつか自分も、あの無骨な械のにち、鉄の塊をい通りの形に削りせる本物の職になりたい——そのい憧れだけが、痛むとい体を支えていた。
午。の隅でドラム缶の洗浄を続けていた吉雄の元へ、耕平さんが作業のを縫ってづいてきた。
「吉雄、丈夫か。親方にどやされたな」
耕平さんは周りを気にしながら、作業着のポケットからさな包みを取りし、吉雄のに握らせた。
けてみると、黄い薬が入っていた。
「これ、傷に塗っとけ。化膿止めだ。親方はは悪いが、仕事が終われば何にも根に持っちゃいねえから、気にするなよ」
「……耕平さん、ありがとうございます」
「俺もな、京したばかりの頃は、毎泣いてたよ。青森の言葉が抜けなくて、親方に何言ってるか分かんねえって鳴られてさ。でもな、辛抱すりゃ、械が勝にになじんでくる。負けんなよ」
耕平さんの素朴な訛りが、吉雄の張っていたをふっと解きほぐしてくれた。
同じ空の、故郷をくれて臭くきている仲がいる。
吉雄は薬を傷に擦り込み、再び固いブラシを握り直した。
のには、正午を告げるサイレンの音が、けたたましく鳴り響こうとしていた。