みかん小説
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"母が泊まらない理由" 第1話

敷かれた客用布団と「帰るわね」

「ごちそうさま。美しかったわ。じゃあ、そろそろ帰るね」

計の針が午を指そうとしていたときでした。 卓で緑茶をんでいた母のかず子が、湯呑みを置いてちがりました。

リビングでテレビを見ていた瀬直(たかせ・なおと・歳)は、を疑って振り返りました。 妻の咲(さき・歳)も、台所で布巾をかすをぴたりと止めています。

「帰るって……今から? もうすぐだよ?」 直はわずちがり、母の顔をまじまじと見つめました。

「ええ。過ぎのに乗れば、にはアパートに着くから丈夫よ」 かず子はバッグの紐を元に引き寄せ、のカーディガンを羽織り始めました。

冗談を言っているようには見えませんでした。 その表は、所のスーパーへ買い物にかけるときのように、あまりにも平然としていました。

「いや、泊まっていきなよ。ちゃんと部も用して、シーツも洗って、布団まで敷いてあるんだからさ」 直は階へ続く階段を指差しながら、し声を尖らせました。

「布団まで敷いてくれたの? あらあ、ごめんねえ。先にっておけばよかったわね」 かず子は申し訳なさそうに眉をげましたが、靴を履こうとする取りは止まりません。

「先にって……泊まるつもりで来たんじゃなかったの?」

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直のから、困惑と苛ちの混ざった問いが漏れました。

築の古戸建てを購入し、引っ越しを終えてようやく迎えた母の訪問でした。 でかかるのりをわざわざ来てくれたのです。 当然、今夜はこのに泊まり、の昼過ぎまでゆっくり過ごしていくものだと信じ込んでいました。

階の向きの番当たりのいい部に、母のために選んだ寝具を揃えてありました。 母がいつでも気兼ねなく泊まれるようにと、ほかの具を切置かずに空けておいた特別な部でした。

それなのに、母は夕をべ終えた途端、逃げるように帰ろうとしているのです。 妻の咲が慌てて台所からてきて、控えめに声をかけました。

「お義母さん、もし私の料理やおもてなしでお気に召さないことがあったなら、すみません……」 咲がそうにを縮めるのを見て、直の胸にはさらにやりきれない焦りが広がっていきました。

「咲さんのせいじゃないわよ。シチュー、本当にお肉が柔らかくて美しかったわ」 かず子は咲のを優しくポンと叩き、穏やかに微笑みかけました。

嫁と姑のに、よくあるようなギスギスした空気はまったくありませんでした。 それなのに、母はどうしてもこのに泊まろうとはしないのです。

息子の好を無に断り、夜を急ぐ母の背を見つめながら、直のには割り切れない疑問が沈殿していきました。

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