"離婚して10年、元夫が鍵を替えなかった理由" 第10話
ただいまの鍵との音
ヶ。晩のがイチョウの葉を黄に染めげる頃、正彦は無事に退院のを迎えた。
にわずかな麻痺が残ったものの、杖を使えばでしっかりと歩けるまでに回復した。医師からも「順調な回復です。あとはご自宅で無理のない活をがけてください」と太鼓判を押された。
退院の続きを済ませ、迎えに来たタクシーに乗って、は懐かしいマンションへと戻ってきた。
ゆっくりと階段をがる正彦の背を、みつ恵がろからそっと支える。
「丈夫? 焦らなくていいからね」
「……ああ。丈夫だ」
階の「302号」のに着くと、正彦はポケットから自分の鍵を取りそうとした。
だが、みつ恵がそっとを伸ばし、それを制した。
「今は、私がけるわ」
みつ恵はバッグから、あのキーケースを取りした。
娘が歳のに作った、赤い根の粘の。のを経て、角が擦り切れ、し格好になったそのは、今やにとってかけがえのない宝物だった。
鍵穴に差し込み、へ回す。
カチャリと、よい属音が響いた。
ドアをゆっくりと押しける。
玄関のがり框には、しく買い直したのスリッパが、仲良く並んで置かれていた。
濃い紺のきなスリッパと、サーモンピンクの柔らかなスリッパ。
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どちらもふかふかとしていて、真しい温もりに満ちている。
正彦は玄関のがり框に腰掛け、靴を脱ぎながら、そののスリッパをじっと見つめた。
そして、きなでピンクのスリッパの甲をそっと撫でた。
「……いいだな」
ポツリと呟いた正彦のが、またしだけ赤くなっていた。
みつ恵はわず吹きしそうになるのを堪えながら、靴を揃えて玄関にがった。
「でしょう? ゆと緒に選んだのよ。今度は洗いすぎてもボロボロにならないように、事に履かないとね」
「……ああ。事にする」
正彦はピンクのスリッパの横に、自分の紺のスリッパをきちんと揃えて置いた。
部のに入ると、懐かしい畳と鹸の匂いがを包み込んだ。
みつ恵は着を脱ぎ、台所へと向かった。
蔵庫をけると、昨買っておいた牛肉と、じゃがいも、にんじん、玉ねぎが綺麗に収まっている。
エプロンをにつけ、鍋にをかける。汁のりと、甘辛い醤油とみりんの匂いが、だんだんと部いっぱいに広がっていった。
リビングのソファに座った正彦が、聞を広げることもなく、台所で料理を作るみつ恵のろ姿を、ただじっと、慈しむように見つめているのが気配で分かった。
言葉は、相変わらずない。
照れで、器用で、自分の気持ちを伝えるのがひどくなだ。
けれど、もうになることはなかった。
この沈黙のに、どれほどいと謝が込められているのかを、みつ恵はもう痛いほどっていたからだ。
「正彦さん、もうすぐできるわよ」
振り向いて声をかけると、正彦はし驚いたように顔をげ、それからぎこちなく、けれどからの笑顔を浮かべて頷いた。
「……ああ。楽しみに待ってる」
コトコトと煮つ鍋の音と、穏やかな夕暮れの。
の回りを経て、のは、再び静かに、そして確かな温もりを伴ってきしていた。
キーケースのさな赤い根が、器棚ので、を浴びて温かく輝いていた。
そこはもう、誰にも奪われることのない、の本当の帰る所だった。