"離婚して10年、元夫が鍵を替えなかった理由" 第5話
桃のスリッパと引きしの
玄関にを踏み入れた瞬、懐かしい匂いが腔をくすぐった。
古い畳の匂いと、なたの匂い。そして、正彦が若い頃からずっと用していた、ドラッグストアで番く売られている固形鹸の、微かなハッカのような匂い。、毎吸い込んできたあのの匂いが、しも変わらずにそこに残っていた。
靴を脱ごうとして、みつ恵の線ががり框で凍りついた。
たたきのに、スリッパが、綺麗に並べて置かれていたのだ。
は、濃い紺の、正彦が履いていた柄なスリッパ。
そして、そのすぐ隣に並んでいたのは——い桃の、女性用のスリッパだった。
「……嘘でしょう……」
わず声が漏れた。
それは、の、をていく朝にみつ恵が脱ぎ捨てていった、あのスリッパそのものだった。
埃ひとつ被っていなかった。それどころか、かかとの布がし擦り切れて毛羽ち、何度も、何度も洗われて、切に干されてきたことが目で分かった。
(どうして……捨ててなかったの……?)
暮らしの男の部に、にてった妻のスリッパが、まるで今夜も誰かが帰ってくるかのように、毎揃えて置かれていたのだ。
胸の奥がくなり、界が急速に滲んでいく。
みつ恵はスリッパにを入れることができず、靴のまま、そっと廊へとがった。
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部のは、みつ恵の像を遥かに超えて片付いていた。男の暮らしにありがちな荒れた様子はどこにもなく、台所のステンレスシンクは滴ひとつなく磨きげられ、リビングの棚にも埃は積もっていなかった。
ふと、ダイニングの器棚に目が留まった。
ガラス戸の向こう、から段目。いつも正彦が使っていたきな波佐見焼の茶碗の隣に、みつ恵が使っていたさな柄の茶碗が、と全く同じ位置に、ちょこんと並んで伏せられていた。
涙が次から次へと溢れして、止まらなかった。
この部ので、あのはずっと、みつ恵の気配を残したまま暮らしていたのだ。
みつ恵は涙をの甲で拭いながら、頼まれていた荷物を探すためにリビングのチェストへと向かった。
テレビの横にある、古い製のさなタンス。昔から、切な類や保険証は、このチェストの番の引きしに入れるのががの決まりだった。
引きしの取っを引くと、懐かしいの軋む音がした。
には、几帳面に並べられた正彦の帳と、探していたお薬帳、そして健康保険証が入ったプラスチックのケースがすぐに目に入った。
そして、その類たちの真に、枚のい封筒が置かれていた。
封筒の表には、正彦のあの角ばった無骨な跡で、たった言、こうかれていた。
『みつ恵へ』
封は、糊付けされていなかった。
私がこの部に入り、真っ先にこの引きしをけることを、あのは完全に分かっていて、ここに置いていたのだ。
みつ恵は震える指先で封筒のをき、からつ折りにされた枚の便箋を取りした。
に記されていた付を見た瞬、みつ恵の呼吸が止まった。
——、私が婚届を置いて、このをてったの付だった。