"離婚して10年、元夫が鍵を替えなかった理由" 第3話
いてしまった鍵の理由
「……鍵は」
靴を履き終えてちがったみつ恵に、正彦がポツリとそう言った。
玄関の暗がりの、直でつ元夫の顔はよく見えなかった。ただ、そのは所なさげにスラックスのポケットに突っ込まれていた。
「あ……ごめんなさい。今バッグの奥に入っちゃってて。落ち着いたら、郵便ですぐに送りますから」
みつ恵が慌ててそう答えると、正彦は何かを言いかけようとして、喉の奥で息をみ込み、そのままを閉ざした。
「じゃあ……体に気をつけてね」
みつ恵がをげてドアノブにをかけると、正彦はさく「……ああ」とだけ呟いた。
それが、の最の会話だった。
その、しいアパートでの活に追われ、パートの仕事を始め、慌ただしい々を過ごすうちに、みつ恵は鍵を送るタイミングを完全に逃してしまった。返そうと封筒を用するたびに、なぜか胸の奥がチクリと痛み、引きしの奥へとしまい直してしまう。そうして、というが流れてしまったのだ。
回からに返ったみつ恵は、を乗り継ぎ、懐かしい私鉄沿線の駅にりっていた。
駅から歩いて分ほどの宅。見覚えのある並は、よりも々がしきくなっていた。
緩やかな坂を登った先に建つ、階建ての古いマンション。
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オートロックもない、昭の面を残した観は、昔のままだった。
階段をがり、階の角部——かつて族で暮らした「302号」のドアのにつ。
表札には、あせたアクリル板のに、昔と変わらない正彦の角ばった文字で『神』とかれていた。
胸が激しく波打ち、喉がカラカラに渇く。
(くはずがないわよね……)
だ。空き巣対策や防犯のためにも、賃貸の鍵なんてとっくにシリンダーごと取り替えているに決まっている。かなかったら、階の管理にって事を話し、マスターキーでけてもらえばいい。そう自分に言い聞かせながら、震える指先で粘のキーホルダーからの鍵をつまみげた。
鍵穴に差し込む。カチリと、懐かしい応えがあった。
ゆっくりとへ回す。
ガチャン。
拍子抜けするほどすんなりと、い属のデッドボルトが引っ込む音が廊に響いた。
「え……?」
みつ恵はわず息を呑み、ドアノブを握ったまま固まった。
いてしまった。の鍵が、何の応えの違いもなく、まるで今朝かけたばかりの部のように、呆気なく回ってしまったのだ。
「あれ……? もしかして、奥さんかい?」
背から、擦れた穏やかな声がかけられた。
驚いて振り返ると、通の向こうから、箒をにした柄な髪の男性がっていた。
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マンションの管理をしている、池さんだった。昔からみ込みで管理をしてくれていただが、よりも随分と背が丸くなり、さくなったように見えた。
「ご、ご無汰しております、池さん……」
みつ恵が慌ててをげると、池さんは目を細め、ホッとしたように皺だらけの顔を綻ばせた。
「やっぱり奥さんだ。いやあ、ゆかちゃんからさっき話をもらってね、正彦さんが倒れたって聞いて肝をやしたよ。命に別状はないって聞いてしたけど……」
池さんの線が、みつ恵の元に握られた鍵へと落ちた。
「その鍵、ちゃんと使えたかい?」
「ええ……。てっきり、しい鍵に取り替えられているものだとばかりっていたのですが……」
みつ恵が戸惑いながら答えると、池さんは箒の柄に両をね、懐かしむようにい目をした。
「この部の鍵はね、奥さん。、度も変えてないんですよ」