"離婚して10年、元夫が鍵を替えなかった理由" 第1話
の話と褪せた赤い根
半ばの昼がり、れの穏やかな差しがリビングのフローリングに細く伸びていた。
みつ恵(歳)は、洗濯物を取り込んで丁寧に畳んでいたところだった。暮らしになって。すっかり慣れた事のをふと止めたのは、ローテーブルので震えしたスマートフォンの着信音だった。
画面にっていたのは、福岡で暮らす娘・ゆの名だった。
「はい、ゆ? どうしたの、こんなに」
普段なら週末の夜にしかかけてこない娘からの平昼の話に、胸騒ぎを覚えながらに当てた。受話器の向こうから返ってきたのは、息を乱した娘の切羽詰まった声だった。
『お母さん……? お願い、落ち着いて聞いてね』
「ゆ? 何かあったの?」
『お父さんが……倒れたの』
「え……?」
指先からスッと血の気が引いていくのが分かった。元にあったタオルが、はらりと膝のに落ちる。
『今朝、会社にく途の駅のホームで倒れたらしくて……救急搬送されたの。診断は、脳梗塞。命に別状はなくて識もあるみたいなんだけど、しばらくは絶対静で入院になるって』
「脳梗塞って……正彦さんが……」
元夫・神正彦の名をにしたのは、体いつ以来だろうか。喉の奥が乾いて、うまく声がない。
『私、今の便はもう満席で取れなくて、の朝番ので京に向かうから。
広告
……それでね、お母さん。本当にごめんなさい、こんなこと頼める筋いじゃないのは分かってるんだけど……病院から連絡があって、着替えと、お薬帳と、健康保険証を至急届けてほしいって言われてるの。お父さん、暮らしだから、誰も取りにけるがいなくて』
「あのの……部に?」
わず息を呑んだ。婚してから、度もを踏み入れたことのない、あの古い団のようなマンションの。
『……お母さん、あの部の鍵、まだ持ってるでしょう?』
ゆの静かな言に、みつ恵の臓がトクンと音をてた。
「どうして……それを」
『キーケース、ずっと同じの使ってるじゃない。お母さんがバッグから鍵をすとき、いつも見えてたよ。私が学の図のに作った、あの赤い根の粘の。……実の鍵、してないのってたよ』
みつ恵は無言のまま、バッグのポケットから使い込んだ革のキーケースを取りした。
ファスナーをけると、の鍵の横で、さなマスコットが揺れた。当歳だったゆが、休みの作で粘をこねて作った格好なさな。絵の具で塗った赤い根は、角のところがすっかり擦り切れてくが覗いていた。
その具に繋がれたままの本の鍵。のあの朝、返しそびれて、そのまま度も放せなかった鍵だった。
『お父さんのこと、ずっと放ったらかしにしてた私が悪いんだけど……お願い、お母さん。今だけ、荷物届けてあげてくれないかな』
「……分かったわ。病院の所と病の番号、教えて」
話を切ったあと、みつ恵は静まり返った部ので、のひらのの鍵をじっと見つめた。
ずっしりとたい属の触。というは、の記憶を化させるには分すぎるのはずだった。それなのに、この鍵を握りしめた瞬、あの無で器用だった男の背が、昨のことのように鮮に蘇ってきた。