みかん小説
本棚

"結婚23年目、35万円を渡した妻が持ち帰ったもの" 第2話

空っぽの

を駅で見送ると、私はそのまま会社へ向かった。改札ので、彼女は何度も振り返ってを振った。私もをげて応えたが、が来ると、すぐに背を向けてしまった。

帰りのので、助席に置かれた彼女のバッグがないことに気づいた。たったそれだけのことなのに、いつもの景が違って見えた。

に帰ると、玄関は静まり返っていた。の靴がない。居のテーブルには、かけるに彼女が置いていったメモがあった。

「蔵庫に煮物があります。温めてべてください」

私はメモを読んで、し笑った。くらい、自分で何とかなるとっていた。ところが、台所の棚をけても、どの鍋に煮物が入っているのかすぐには分からなかった。蔵庫のにある皿をつずつ取りし、ようやく見つけた。

子レンジで温めるも、しすぎたらしい。煮物の端がくなり、真んはぬるかった。

それでもべてしまえば同じだとい、テレビをつけた。卓にで座ると、画面の音ばかりが部に響いた。がいつも、私に何か話しかけていたことをいした。

「今、所のから野菜をもらったの」

「息子から連絡があったわよ」

「あなたのシャツ、ボタンが取れそうだったから直しておいた」

私はどれも、テレビを見たまま「そうか」

広告

と返すことがかった。聞いていなかったわけではない。ただ、返事をした点で、話は終わったものとっていた。

洗濯を回したのは翌朝だった。勤に干そうとっていたのに、洗濯が終わった音に気づかず、帰宅してから蓋をけた。湿った洗濯物が、洗濯槽ので固まっていた。

なら、洗い終わる頃に取りして干している。そんなことも、私はらないまま暮らしていた。

目の夜、に話をかけた。

「お母さん、元気だったか?」

「ええ。っていたより元気そうでしたわ」

話の向こうから、鳥の声が聞こえた。窓をけているのだろう。こちらのでは聞こえない声だった。

「は変わったか?」

「ずいぶん変わったわ。でも、も川も昔のままよ。駅からまでのも、子どもの頃に歩いたままなの」

の声が、いつもよりるかった。所のがなくなったこと。母親が畑をさくしたこと。昔よく遊んだ川のそばに、しいができたこと。彼女はいすように話した。

私は受話器をに当てたまま、何度も相槌を打った。話を切る頃になって、ようやくった。こんな話を、私は今までどれだけ聞き逃してきたのだろう。

「ゆっくりしてこいよ。帰りは急がなくてもいいからな」

「うん。ありがとう」

は、何か言いかけたようだった。受話器の向こうで息を吸う音がした。

でも結局、「じゃあ、またね」と言って話を切った。

私は受話器を戻したあとも、しばらく黒話のにっていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: