"結婚23年目、35万円を渡した妻が持ち帰ったもの" 第1話
帰ってもいいかしら
「ねえ、あなた。来週、実に帰ってもいいかしら」
夕の片付けを終えたが、珍しく私の向かいに座った。いつもなら器を洗いながら話しかけてくるのに、その夜はを拭いてから、きちんと私の顔を見ていた。
「実って、あののか?」
「ええ。母ももうでしょう。話で話すたびに声がさくなっていてね。度、顔を見にきたいの」
の両親が私たちのに泊まりに来たことはない。慮いたちで、娘のに迷惑をかけたくないと、いつも話で済ませていた。が実に帰ったのは、父親の葬儀のだけだ。あれから、もうになる。
「どうして今まで帰らなかったんだ?」
何気なく聞いたつもりだった。はし困ったように笑い、テーブルに置いたを見つめた。
「あなたの仕事もあったし、子どももさかったでしょう。それに、帰るにはおもかかるから」
その言葉を聞いて、胸の奥がちくりとした。けれど、私はすぐに「そうか」と返しただけだった。のことはに任せきりで、彼女が何をしてきたのか、考えたこともなかった。
はあいのさなでまれ育った。私と結婚した、彼女は歳。都会の暮らしに慣れているわけでもなく、目つことを好まない、静かなだった。
結婚したばかりの頃、私は自部品ので働いていた。
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料はくなく、まいは駅からい古いアパート。台所の流しは狭く、はすきまが入った。それでもは満をにしなかった。
毎朝、私よりく起きて弁当を作り、玄関まで見送りに来た。
「あなた、今も気をつけてね」
その言に、何度助けられたか分からない。子どもがまれ、を買い、暮らしはしずつ落ち着いた。息子は学を卒業して就職し、今は暮らしをしている。気がつけば、には私とだけになっていた。
けれど、活が楽になっていくほど、私は彼女の気持ちを聞かなくなっていた。仕事から帰れば事が並んでいる。洗濯物は畳まれ、のはっている。それを当たりだとっていた。
「くらいで帰ってくるわね」
「もっとゆっくりしてこいよ。帰りを急がなくてもいい」
そう言うと、はしたように頷いた。
「ありがとう」
その夜、私はなかなか眠れなかった。もの、彼女はどんな気持ちでこのにいたのだろう。母親に会いたいも、のや川を懐かしくうもあったはずだ。
それなのに、は度も「帰りたい」と言わなかった。私はそのことを、彼女に満がない証拠のように受け取っていた。
翌朝、私はへった。妻に渡す額を、通帳を見ながら何度も考えた。万円。決して、気軽にせる額ではない。
それでも、彼女には母親とゆっくり過ごしてほしかった。
発の、駅へ向かうので、私は封筒を差しした。
「これ、持っていけよ」
がけると、目を丸くした。
「あなた、こんなにどうしたの?」
「たまには親孝してこい。お母さんに何か買ってもいいし、好きなものをべてもいい。俺のことは気にするな」
は封筒を両で包んだ。しばらく黙ってから、さな声で言った。
「ありがとう。本当にありがとうね」
その目がし潤んでいたのを、私は見ていた。けれど、どうしてそんなに泣きそうなのか、私は聞かなかった。