"赤飯を炊いた朝" 第14話
今度はみんなで
昭。倉の朝は、よりくるくなる気がした。へ向かう、自転で駅へ急ぐ学、先に野菜を並べる百。らない町の音にも、しずつ慣れてきた。
子は護婦養成所へ通い始めた。制を着るたび、鏡ので襟を直している。私はその姿を見ると、あの赤飯のに「学をやめんといかん?」と聞いた娘をいした。
昭吉はうどんで働き続けていた。最初は皿洗いだけだったが、今では昼の仕込みも任されるようになった。膝の具を見ながら、できる仕事をしずつ増やしている。
ある朝、昭吉が包丁を研いでいた。私は台所へ入り、まな板のの根を見た。
「切り方、きれいになったね」
「の女さんには負けるやろうけどな」
「私も、まだ負けとるよ」
で笑った。昔なら、夫が台所につこと自体、考えられなかった。今では昭吉のほうがく起きて、私の弁当箱を洗ってくれるもある。
はしい炭鉱で働いていた。正以来、顔を見ていない。には仕事のことがしだけいてあり、最にはいつも《体に気をつけて》とある。私が何度もいてきた言葉を、息子も使うようになった。
の連休、が帰ってきた。駅で会うと、以よりし痩せていたが、顔は悪くなかった。
「母ちゃん、はどうね」
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「忙しいよ。毎、同じにするのが難しか」
「堂のときは、客の顔を見てを変えよったもんな」
「よく覚えとるね」
は笑った。借へ向かうで、私は聞いた。
「向こうの仕事、続けると?」
「今のところはね。でも、ずっと同じ坑におれるかはわからん。先輩に、械の備を覚えたらどうかって言われとる」
「備?」
「坑内で使う械たい。勉せんといかんけど、覚えたらほかの仕事にも使えるかもしれん」
私はわず「それがよか」と言いかけ、を閉じた。は横目で私を見た。
「母ちゃん、何か言いたそうやね」
「ううん。自分で考えたらよか」
「珍しか」
で笑った。私が黙ったからといって、配が消えたわけではない。ただ、息子のを私が先に決めることはできないと、ようやくわかった。
はに着くと、部の狭さに驚いた。「のよりさかね」と言い、子に「兄ちゃんはたまにしか帰らんけん、文句言わんで」と返された。
昭吉は台所の隅にさな棚を作っていた。で採用になったときの悔しさを、夫はもうあまりにしなかった。その代わり、休みのには借の戸を直し、ぐらつく子を締め直していた。
「父ちゃん、その棚、丈夫そうやね」とが言った。
「坑内の支柱ほどではなかけどな」
昭吉は照れくさそうに笑った。は棚を指で押し、何度もうなずいた。
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親子が仕事の話をするとき、以のようにどちらかが鳴ることはなくなっていた。
では子が赤飯の準備をしていた。私が格祝いに炊いたのを見て、自分でも作ってみたくなったらしい。豆を煮る鍋から、甘い匂いがした。
「兄ちゃん、今は赤飯よ」
がを止めた。
「またか」
子は笑った。
「今は私が炊くと。兄ちゃんが帰ってきたけん」
「俺のため?」
「うん。嫌ならいご飯もあるよ」
はしばらく考えたあと、靴を脱いだ。
「赤飯でよか」
卓にがそろうのは、久しぶりだった。昭吉が仕事の話をし、子が学の先の話をした。はしい炭鉱の寮で、同の男が毎晩いびきをかくとぼやいた。
私は赤飯をよそいながら、昭の朝をいした。あのとき皿を落とした昭吉のが、今は子の湯みを寄せている。の指には相変わらず黒い筋があった。子の袖には、学で使ったい糸が本ついていた。
「富ちゃんからが来たよ」と私が言うと、が顔をげた。健は訓練を続けていて、今度はさな気事の見学にくという。は「そうか」と言い、しだけ笑った。昭吉は、うどんの将がしい簾を買った話を始めた。子はその簾のを聞いて、青いのがいいと言った。
「母ちゃん」
が茶碗を差しした。
「おかわり」
私は笑って赤飯をよそった。
「今は、ちゃんとべてくれるとね」
「うん。今は祝い事やろ」
昭吉が隣でうなずいた。
「そうたい。みんなで飯がえるやけん」
私は茶碗をに渡した。窓のでは、らない町の夕方の音がしていた。
がもう度茶碗を差ししたので、私は蒸し器の蓋をけた。底のほうに、まだし残っていた。
「の朝の分もあるよ」
「いや、今べる」
昭吉が笑い、子も笑った。私は最の杯をによそった。赤飯の湯気が、狭い台所の窓をく曇らせた。
史実と創作について
この物語は、昭代半の筑豊で相次いだ炭鉱閉と、炭から油へのエネルギー転換を背景にしたフィクションです。炭鉱、堂「まつや」、佐伯品、および登物と個別の来事は創作です。閉や職者の暮らしに関する代背景は史料を参考にしていますが、特定の実炭鉱の来事を再現したものではありません。