"赤飯を炊いた朝" 第9話
父の
になると、町からが減り始めた。夜、坂をる音がなくなり、閉まったままの商が増えた。堂の窓から見える炭鉱の灯りはまだ点いていたが、そので働く数はごとに減っていた。
昭吉は坑内の片づけ作業に回された。使わなくなる具を集め、材を運び、設備を確認する仕事だった。帰ってくると、の膝をさすっていた。
「病院へったら」
「このくらいで休めるか」
私はそれ以言わなかった。言えば、また喧嘩になる。
町の診療所のを通ると、以は坑夫の作業着を着た男が並んでいた待が、今は妙に静かだった。けれど、待の子には、仕事を探すための類を抱えた男たちが座っていることもあった。膝や腰が痛いと言いながら、健康診断のをもらいに来るのだ。
昭吉は自分もそうなるのが嫌だったらしい。炭鉱で使っていた具箱を何度もけ、まだ使えるものをつずつ磨いていた。私はそれを見ても何も言わなかった。仕事が終わったとわかっていても、すぐに具を捨てられるばかりではない。
ある曜、から帰ると、昭吉が布団に寝ていた。子が湿布を用し、枕元にを置いている。
「どうしたと」
「昨、をひねっただけたい」
「坑内で?」
「いや。雇いの仕事を見にってな。を運ぶだけやとったら、坂のまで何度も担がされて」
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「なんで、そんなこと」
「閉のあとも、働かんといかんやろ」
昭吉は笑ったが、起きがるとき顔をしかめた。私はくの診療所へ連れていった。医者はしばらくい物を持たないように言った。
帰り、昭吉は私の歩ろを歩いた。昔は、いつも私の先を歩くだった。
「おの料だけで暮らすわけにはいかん」
「で考えたらよか」
「俺には、炭鉱しかなかったけん」
昭吉はち止まり、膝にを当てた。
「坑内なら、若い連が困っとる音もわかる。あの支柱は危ない、ここは先に補せないかんって、俺にはわかる。けど、へたら、何もらんの男たい」
私は初めて、夫が何を失うのかを聞いた気がした。料だけではなかった。に頼られる所も、自分が役につとえる仕事も、なくなろうとしていた。
「で噌汁作るのは、になったやろ」
「笑うな」
「笑っとらん。子が、よりおいしくなったって言いよったよ」
昭吉はしだけ元をゆるめた。
そのの夕方、富子が洗濯物を届けに来た。昭吉の作業着を畳んだに、古い軍が組置いてあった。
「健のです。もう使わんから、よかったらくんに」
「健くん、仕事が決まったと?」
富子は首を振った。
「まだ。職で職業訓練の話を聞いてきたけど、何かも収入が減るのが怖いって」
私は何か言おうとして、やめた。
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富子は昭吉の膝を見て、「あんたも無理したらいかんよ」とだけ言った。
帰りかけた富子を、私は呼び止めた。
「富ちゃん。あのの赤飯のこと、ちゃんと謝らせて」
富子は振り向いた。
「私はね、炭鉱がなくなれば、もう誰も坑内でけがをせんで済むってった。昭吉もも、無事に帰ってきたまま終われるって。それが嬉しかったんよ」
「わかるよ」
「でも、あんたの健がから何をして暮らすか、そこまで考えとらんかった。ごめん」
富子は洗濯籠の持ちを握り直した。
「うちのがんだあと、私は炭鉱が憎かった。でも、健が働き始めたら、毎の料にほっとした。憎いところに、うちはべさせてもらっとったんよ」
「うん」
「だから、あんたの赤飯を見たとき、置いていかれた気がした」
富子は泣かなかった。私も泣かなかった。い付きいので、初めて話したことがいくつもあった。
「健に、の仕事を紹介できるかもしれん。男のも荷造りや運搬で働いとる。ただ、すぐ採るかはわからんけど」
「話だけなら、聞いてみたい」
私は約束しすぎないように、ゆっくりうなずいた。
数、から話があった。しい炭鉱の寮に入ったばかりで、慣れない所に疲れているらしい。私が「無理せんで」と言うと、は「それしか言わんね」と笑った。
「向こうの先輩がな、作業に必ず回、支柱を見直すとよ。
の坑では回やった。やり方が違うけん、最初は面倒やった」
「それで?」
「昨、先輩に『面倒くさいとううちは、まだ覚えとらん証拠たい』ってられた」
私はしした。息子の職に、厳しく叱ってくれるがいるのは悪いことではない。
「健にも、何か仕事の話があれば教えてやって」と私が言うと、は黙った。
「今の坑は、を増やす話がなか。俺も、いつまでおれるかわからん」
「そうね」
「母ちゃん、俺が炭鉱に残ったの、まだっとる?」
私は受話器を持ち直した。「っとらんよ」と答えたが、はすぐに信じなかった。
「じゃあ、今度帰ったら、仕事の話を聞いてくれる? やめろって言わんで」
「聞くよ」
「約束ね」
話が切れたあと、私は受話器をしばらく置けなかった。息子が仕事の話をしたいと言ってくれたのは、ずいぶん久しぶりだった。
その晩、から葉が届いた。しい炭鉱の寮の所と、仕事を始めるがかれていた。最にく、《父ちゃん、無理すんな》とあった。
昭吉は葉を何度も読み、卓の端に置いた。
「俺があいつに配されるになったとやな」
「とっくになっとるよ」
夫は初めて、声をして笑った。