"赤飯を炊いた朝" 第2話
誰のための赤飯
翌朝、堂に来た客はだけだった。どちらも朝飯を急いで済ませ、聞を畳んでていった。片方の男は、帰り際に私へ言った。
「女将さん、しばらく赤飯はさんほうがよかよ」
悪のない忠告だった。それがいちばんこたえた。
商の米では、私が入ると話し声が止まった。魚の主はいつもどおり鯵を包んでくれたが、「からは現で頼む」と言った。炭鉱が閉まるとなれば、同士の掛け売りも続けられない。私は鯵を尾減らしてもらった。
帰り、郵便局ので女たちが話しているのが聞こえた。「あそこの奥さんは、閉が嬉しかとげな」「息子さんが別の仕事を決めとるんじゃないと」。私はち止まらずに通り過ぎた。どちらも違うと言いたかったが、何を言っても言い訳に聞こえる気がした。
堂のには、昨までなかったくずが落ちていた。赤飯を包んだ折のつだった。はなく、端に豆が粒だけ張りついている。誰が置いたのかわからない。私はそれを拾って台所へ持っていき、につけてから捨てた。
昼の仕込みを始めても、いつもの量がわからなかった。分のうどんを用して余れば困る。分に減らして、急に客が来ても困る。私は迷った末、分のだしを取った。結果、売れたのは杯だけだった。
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午、が帰ってきた。顔に炭のを残したまま、流しでを洗った。
「組で、閉の撤回を求めることになった」
「そうね」
「そうね、じゃなか。母ちゃんものに変なもの貼るなよ。みんなで集まるけん」
「何を貼ると?」
「赤飯のこと、まだらんがおる。これ以、余計なことせんで」
は濡れたを拭いで拭いた。爪のが黒かった。昭吉と同じになっていた。
「。あんたは、別の仕事を探す気はなかと?」
「まだ決まっとらん。会社が閉する言うたからって、はいそうですかとは言えん」
「でも、もし閉まったら」
「そのとき考える」
「遅かよ」
が拭いを流しに投げた。
「母ちゃんは楽やな。から帰ってきたに飯をしよればよかけん。坑内のことも、仲のこともらんやろ」
私は反論しなかった。らないことは確かにあった。どの切羽で誰が働いているか、どんな音がすると落盤の触れなのか。そんなことを聞いても、私にはわからない。
ただ、っていることもあった。
が歳の、昭吉の作業着を洗っていたら、胸のポケットから真っ赤に染まった拭いがてきたこと。昭吉は「血がただけ」と笑ったが、その夜、寝で咳をするたびに背を丸めていたこと。、の同僚が指を本失い、退院したあと堂で箸を持てずにいたこと。
そのたちはみんな、翌朝になるとまた仕事の話をした。
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「お母ちゃん」
子が台所へ来た。制の袖をまくり、洗い物を伝い始める。
「私、護婦の学にきたいって言ったら、今はそんな話するなってお父ちゃんにられた」
「いつ言うたと」
「昨の晩。お母ちゃんが寝たあと」
私はを止めた。子が護婦になりたがっているのはっていた。くの病院へ勤めにる卒業がいると、何を勉したか聞きにく子だった。
「今は、うちにがなかけんね」
「わかっとる。でも、何も言わんかったら、ずっとこのままやろ」
子は皿を枚ずつ伏せた。その言い方が、私よりずっと落ち着いていた。
夕方、富子がのを通った。声をかけると、を止めた。
「富ちゃん、昨はごめん。赤飯なんか持っていって」
「謝るなら、最初からせんかったらよかった」
「うん」
「澄子さんは、うちの健にも炭鉱をやめてほしいんやろ」
「できるなら、そうう」
「そしたら、うちの子は何でべていくと。もとらん。ここにはの仕事がなか。町のにけば、親子でれて暮らすしかなかろう」
富子は私をにらんだまま続けた。
「赤飯を炊けるは、先にくところがあるだけたい」
その言葉を聞いて、私は初めて自分の考えのりなさに気づいた。私はに別の仕事をしてほしかった。けれど、どこで何をしてべていくか、つも答えを持っていなかった。
夜、の灯りを落とすころ、背広姿の男が戸をけた。昼、定をべたことのあるだった。州のさな品会社へ材料を運ぶ仕事をしているという。
「女将さん、こないだの煮しめ、まだ作れますか」
「作れますよ。今はもうじまいですけど」
「べに来たんじゃないんです。うちの取引先で、を探してましてね」
男は名刺の裏に、会社の名と所をいた。
「弁当用のおかずを作るです。働きがりないそうです。女将さんみたいに、毎何分も作ってきたなら、話だけでも聞いてみませんか」
私は名刺を受け取った。倉まで列を乗り継いで、片くかかる所だった。
昭吉の「ていけ」という言葉が、ふいにに戻ってきた。